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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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 小5の宿泊学習で、オリエンテーリング中に迷子になった班があった。県警のヘリコプターまで出動する騒ぎになった挙句、無事発見されるも宿泊学習中のイベントはすべて中止になるはずだった。先生たちに翌日報道された発見場所の近くで彼らの泣き声を聞いた気がすると伝え、1時間半後に無事発見された。そこでどれだけ大声を上げていても、飛鳥たちの進んだ道まで声が響くわけがないなんてことを追及する人は誰もいなかった。
 ほめてほしいわけではなかったし、未然に防いだ事件や事故を誰も知るわけがないこともわかっていて、それに不満はまったくなかった。ただ、純粋に誰かの役に立ちたい、というだけではなかったのだろうと今となっては思う。飛鳥が望み、そして得ていたものは、万能感だった。
 自分だけが、未来の出来事を先に知ることができる。自分だけが、それを変えることができる。そのことが、なにより飛鳥を昂揚させた。自分は特別な人間なのだと信じることができた。だからこそ、調子に乗って予知のことを話すこともなかった。この特別な力が人に知れたら、政府の機関とか秘密結社とか悪の組織あたりに狙われるのではないか、という妄想もまた同じように飛鳥の頭に広がっていたからだ。状況をトラブルが起きない方向にさりげなく誘導し、何事もなかったようにニコニコと笑っていた。予知のことは隠し続けた。時には嘘を吐いてでも。そのことさえ、飛鳥が自分を選ばれた存在だと思う助けになっていた。自分さえいれば、避けられない不幸はないと思っていた。自分だけが、まわりの人々を救えるのだと信じていた。
 思い上がりもいいところだった。
 帰宅したら母が居間で倒れていることさえ、飛鳥は予知できていなかったのだから。
 
 
 夏の日のことだった。高度はそこそこあるが内陸で気温の上がりやすい杉宮はその日最高気温が34度を超えていたと飛鳥は記憶している。あまりの暑さに耐えかね、飛鳥は大和を連れて中学校のプール開放に行っていた。
 母は体調を崩し気味で、仕事を休んで家にいた。味にはうるさいが元々小食だった母が、いつもに増して食欲を失っていた。飛鳥の目にも、少し痩せたように見えた。
「大丈夫?」と聞いても、ちょっとばてちゃったと言って、母は少しだけ具合が悪そうにしながらも笑っていた。「ちょっと寝てたいから、今日は大和をお願いね、お兄ちゃん」と母は言い、ジュース代として千円札を一枚渡された。それを財布にいれると、暑さに負け、一番日当たりの悪い台所の冷たい床に身体をくっつけて涼を取っている大和を連れて学校へと向かった。中学までのおよそ2キロの道程も、アスファルトの照り返しが痛いぐらいだったのを覚えている。弟も自分も、両親のひいきの野球チームの帽子を被っていた。何種類もの蝉の声が、混ざり合って響いていた。降り注ぐ陽射しも手足をじりじりと焼くように熱く、前日のうちに凍らせておいたペットボトル入りのお茶が、音を立てて溶けていった。学校までの間に一軒だけある商店に入って、ガリガリ君を一本ずつ買った。大和が当たりを引いて、帰りにまた寄ることを約束して残りの道程を進んだ。30分ちょっとの学校までの道で、ほとんど会話をした覚えがない。暑くて暑くて、しゃべることすら億劫になるような、そんな日だった。地面をメスのクワガタがとことこと歩いていた。
 学校のプールは子どもたちで溢れていた。監視員役には日替わりで中学の先生たちが就いていた。この日は飛鳥のクラスの副担任だった。麦藁帽子を被り、海水パンツの上に「夏男」と漢字が書かれたTシャツを着ている。一体そのシャツが誰の趣味なのかを聞いてみたい衝動に物凄く駆られたが、もしウケ狙いでも適当でもなく至って本気のセレクトだったらと思うと突っ込むに突っ込めない。先生は首に保冷材を当てながら、大きなお祭りでもらえるような団扇で必死で顔を扇いでいた。
 その時、ふと感覚が一瞬途切れて、今とは違う景色が広がった。場所はほぼ同じ。真っ赤な顔で地面に横たわる先生と、まわりを取り囲む子どもたち。
(熱中症かな)
飛鳥は太陽の位置を確認した。太陽が天辺に上がっていた。太陽の高さと方角からだいたいの時間を読み取れるようになったのは、時計がない状態でも予知の時間を知るためだった。感覚がまた一瞬遠ざかる。
「兄ちゃん?」
 ばしばし、と頭を叩かれてはっとすると、心配そうな顔をした大和が立っていた。
「大丈夫? 日射病?」
「いや、ちょっとぼんやりしてただけ。平気平気」
 飛鳥はいつも通りの笑顔を浮かべながら、弟から目を離さないようにしつつ、副担任を熱射病から救うための算段を練った。
 
 
 予知の時間の15分前ぐらいを見計らい、同じくプール開放に来ていた同級生を巻き込んで、副担任をプールに引きずり込んだ。間違いなく後でこっぴどく怒られることは予知するまでもなくわかりきっていたけれど、同級生たちは普段ゆるい空気をまとい、やる気のない様子の先生が慌てふためくさまを心底楽しんでいたし、飛鳥もまた楽しかった。先生の顔は予知で見たのと同じぐらい真っ赤だったけれど、それは子どもたちのいたずらへの怒りのせいであり、全身水浸しになったことで体温はだいぶ下がったようだった。そのあと着替えたTシャツには、今度は「祭」の一文字がでかでかと書かれていた。意外と熱い人だったのかもしれない。
 けれど、飛鳥の胸を満たす高揚感は、日頃大人しい先生をからかって遊んだ楽しさだけではなかった。自分だけが先生に訪れるはずだった不幸を知り、それを防ぐことができた。自分が全知全能の神にでもなったかのような感覚に飛鳥は酔っていた。
 らしくない兄のいたずらに、大和は少し困惑した様子を見せていたけれど、それも帰りに当たり棒をアイスと引き換える頃には忘れていたようだった。
 夕方になり、午前中よりは多少涼しくなっていたけれど、それでもまだアイスの冷たさが心地よかった。
 行き帰りで2本ずつアイスを食べたことは、お母さんには内緒。そんなことを言い合いながら玄関のドアを開けた。ただいま、と言っても返事はなかった。鍵は掛けられていなかった。田舎で無用心とはいえ、さすがに家を空けるときには母は鍵を掛けていた。
 トイレに入っているか、回覧板でも回しに行っているのかもしれない。母が返事をしない状況はいくつも考えられる。それでも、どこか心に引っ掛かったものを覚えながら、廊下を進んだ。
 完全に血の気を失った顔で、母が居間の電話機台の前に倒れていた。
 
 
 
 救急車で搬送されそのまま入院した母は、なかなか帰ってくることができなかった。
 それでも、飛鳥たちは特に危機感を抱いてはいなかった。母が倒れるのも、長期入院になるのも、手術を繰り返すのも今までに何度もあり、そしてそのたびに母はいつもの笑顔で生還した。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい