Another Tommorow
Chapter 3. 無限グライダー
初めて諦めたのは、高校1年生のあの日だった。
初めて無力さを知ったのは、それよりもずっと前のこと。
母の命があと半年だと告げられたのは、中学1年の冬のことだった。
飛鳥の記憶にある母は、いつだって頭の螺子がひとつかふたつ吹っ飛んでいるのではないかと思うぐらいに前向きで明るく、頭の回転も速く、好奇心旺盛でいたずら好きで、いつも忙しそうに楽しそうに、いろいろなことをしては笑っていた。母の沈んだ顔を見た記憶は、それこそ飛鳥の言動や行動を理解しきれず、父との間もうまくいかなくなり苦しんでいた頃ぐらいにしかない。あの楽天的な母をそれだけ苦悩させてしまったことが、どれだけ大変なことだったのかと今になって心から申し訳なく思う。
いつだってとにかく何でも良いように解釈し、いつも笑っていた。多分、母の認識を通して見た世界は、楽しいことで満ち溢れていたのだろう。だから、楽しみにしていた予定が何度も突然の病気で取りやめになっても、辛い闘病を繰り返す日々も、笑って耐えていけたのだろうと思う。
母は生まれつき身体がとても弱かった。幼い頃はあまりにもしばしば熱を出したり体調不良を訴えるので、保育所よりもむしろ祖母のそばで時間を過ごすことが多かったほどだという。勿論、患者としてだ。祖父も医者だったが専門は整形外科で、母の治療に直接関わったことはあまりないそうだ。小学校に上がってもやれ腎炎だ今度はインフルエンザだと何度も入院を繰り返したらしく、体育の授業もほとんど参加できなかったらしい。
進学、就職を考えるときにも身体の問題は付きまとった。本当は医者になりたかったらしいが、体力的にとてもあの激務に耐えられないと判断して諦めた。自宅から通えるし、長年付属病院に通院していたからという理由で飛鳥と同じ梅山立城大学を選び、理学部に主席で入学した後も学部に行く日数と付属病院に行く日数に大した差はなかったそうだ。この頃に腎臓移植も経験し、1年卒業が遅れている。就職も自宅から通え、勤務形態が規則正しいという理由で市役所を選び、父との結婚で杉宮に転居したため杉宮町役場へと職場を移した。1年後に飛鳥を身篭ったものの満期産まで身体が持たず、やむなく帝王切開で予定日よりかなり早めに出産した。4年後に大和が生まれたときは、中絶するかどうしようか父は迷っていたようだが、母が絶対に産むと押し切ったと酔っ払った際に父がうっかり口に出してしまったのを聞いたことがある。以前予防注射の状況を確認するために母子手帳を見たけれど、そこに書き付けられたメモから察するに、どうやら飛鳥の運動神経の悪さや一見支離滅裂な言動は母の身体の弱さや未熟児で生まれたことが原因だったのではないかと父方の親戚から責められ、辛い思いをしていたようだった。母方は医者や看護師、助産師の多い家系で正しい知識を持つ理解者も多かったのだろうが、父方は封建的で迷信深く、思い込みが激しい人が多かったと、母方の祖父母が愚痴をこぼしているのを耳にしたことがある。そのような古く因習的なものの残るような地方の家において、元々病弱な嫁は歓迎される存在ではなかったのだろう。その時のことが理由なのかどうなのかはわからないけれど、母はとうに亡くなり父が健在な今でも、父方の親戚とは疎遠で、お盆やお年始のたびに顔を合わせるのは母方ばかりだった。或いは、父があのとき離婚を考えてしまった原因のひとつは、そういう無神経な親戚の圧力に耐えかねてのことだったのかもしれないとも今となっては思っている。
飛鳥が小学校に上がる頃に生来の明るさを取り戻した母は、家に居ても、仕事場でも、病床にあってさえいつも楽しそうに笑っていた。折角生まれ持った明晰な頭脳を病弱のために十分に社会で生かすことができなくても、母の最大の才能はその性格だと周りの人々は異口同音にそう言った。
男の子の自己意識がはっきりと成立するのは女の子よりも遅い、とよく言われる。飛鳥もご多分に漏れず、本当の意味で自分の予知能力の意味がわかってきたのは、小学校も3、4年生の頃だった。それまでは祖母の言いつけに従っていただけだったが、やっとその言いつけの意味が理解できた。
誰だって、自分は特別な人間なのだと思いたい時期がある。ほんの少しの特技だとか、少し特殊な家庭環境だとか、先祖に有名な誰それがいるだとか、或いは自分の考え方それ自体に拠り所を求めて、自分こそが選ばれた人間なのだと錯覚する。その時期にいつ突入するかは人によって様々だ。
飛鳥の場合は、そう思い込むための拠り所が他の人よりも遥かにわかりやすいところにあった。大多数の人間の持たない、未来を先に知る力がそれだ。小学校6年生になった頃には、今となっては思い出したくもないほど、自意識は肥大していた。ちょうど数年前にノストラダムスの大予言が大外れして、7月には書店に溢れかえっていた予言本が8月にはきれいさっぱり姿を消していたような時期があったこともあって、この世代の子どもたちは予言だとか占いだとかに対してやや醒めたところがある。あんな大外れも良いところだった予言でさえ、あれだけ世界を騒がせることができたのだ。その気になれば自分は世界を動かせる。そんな大それたことを幼い飛鳥が考えていたことがもしも知れたとして、少なくともあの予言に振り回された人々に飛鳥を笑う資格はなかっただろう。
幸い、基本的に飛鳥は母方の前向きで明るい気質を受け継いだ、常識的な子どもだった。この力で世界を動かせるとは考えていたし、帰り道に傘がいるかどうかを家を出る前に知ったりと便利に使ってはいたものの、悪用しよう、だとかこれでみんなに言うことを聞かそう、だとかそういう発想は浮かばなかった。今でもたまにナンバーズやロトシックスの数字が先取りできるなと思うことはあるけれど、実行する気はかけらもないし、無意識にでも予知を使ってしまっていたらと思うと何か心にもやもやとしたものが残りそうな気がして、その手の籤やギャンブルは手を出そうとも思わなかった。じゃんけんも同じような理由であまり好きではない。今までについやってしまったはっきりと悪用と呼んでいい前科なんて、せいぜいがどうしても突破できる気がしなかった数学の追認試験のカンニングぐらいのところで、祖母の言いつけがなくとも基本的にその力でやろうとしたことは人助けだった。幼い飛鳥が自らを錯覚したのは、世界を救う万能のヒーローだった。
増水した川に落ちて死ぬはずだった近所の保育園の子を助けた。転落事故がそもそも起きなかったのだから誰も飛鳥が助けたとは思っていないし感謝もされていない。でも、それで満足だった。
なくなった給食費を、先生が勝手に犯人と決め付けた同級生を叱り散らす前に見つけ出した。それは、先生が不注意で教職員用の玄関に置き忘れていたものだった。普通に誉められた。
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい