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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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Another Tommorow

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 巻き添えにだけはしたくない。自分に起こる突然死ならともかく、それ以外の原因の場合、一緒にいては巻き込んでしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。
 巻き添えにするのも嫌だけれど、心配をかけるのも嫌だった。ぎりぎりまでひとりでできるだけのことを尽くして、うまく回避できたらまた何事もなかったみたいに過ごしたかった。だけど、ひょっとして誰かに話せば、未来が変わるんじゃないかという期待もないわけではなかった。だけど、それに気づいたときに襲ってきたのはどうしようもない自己嫌悪。四つも下の、事件や事故による死ならば絶対に巻き込めないたったひとりの弟に、そんな期待をしていたことへの情けなさ。
「俺はどうやったら生きられるんだろ」
 声に出して呟いた。誰も、答えてはくれない。
 今日も、結局なにもできなかった。家を出たのも夕食のための買い物だけで、家族の分の食事を作るとあとはずっと部屋にいた。昨日の雨のせいで少し風邪気味の大和のために、刻んだ生姜と長ねぎをたっぷり入れたたまご雑炊を作った。夕飯は父とふたりで食べ、ここのところ生徒会主催のクリスマス会の準備に駆り出されて土日も関係なく登校し、連日帰りの遅い大和の分を鍋に残し、あとは部屋に篭った。大和と顔を合わせるのが、妙に気まずかった。
 しらを切り通せば良かったのだろうか。余計な心配をかけずに済んだし、こんな自己嫌悪と更なる絶望に襲われることもなかった。
 
 
 
 デジタル時計の表示が10:00を指し示してから少し経った頃、玄関の扉が開く音がした。大和が帰って来たのだろう。いつもなら出迎えに行って晩御飯の盛り付けをするところだけれど、それすらしたくなかった。朝も夜も早い父はもうとうに寝ている頃で、大和は居間でひとり食事を温めなおして食べるのだろう。ますます情けなくて、布団を頭から被った。父には調子が悪いから早めに寝ると伝えてある。明日は日曜日だけれど、多分大和は学校に行くだろう。朝ご飯はいつも通り温めれば食べられる状態にしてあるから、起きて用意してやる必要はない。8時過ぎまで寝ていれば、顔を合わせずに済むはずだ。そこまで考えて更なる自己嫌悪が怒涛のように襲ってきた。あまりにも、自分が情けなかった。こんな風に閉じ篭ってしまっては、ますます心配をかけるだけなのはわかっているのに。
(俺らしくないな)
 飛鳥の知る飛鳥は、何があってもどんな未来を知っても、それを心の奥底に押し込めて笑って、走れるはずだった。最後まで諦めないで、未来を変えようとするはずの人間だった。絶望する時間を惜しんで、変えられなかった予知への悔しさをばねにできるはずだった。だけど今は、今まで押し込め続けたはずのものが反動にように湧き上がってきて、飛鳥を内側から飲み込んでいくようだった。
 最初に諦めたのはいつだったか。
 高校に入って、電車通学を始めた頃だったかもしれない。それまでの人生の中で自殺の現場に出くわすような事態は起きたことがなかったし、身内にもそういう終わり方を選んだ人間はいなかった。母方は病気で若くして亡くなる人や慢性疾患持ちが多く、あまり長く生きられる家系ではないようだけれど、ネアカで楽天的な気質もまたかなり強力に遺伝しており、早くに亡くなった人たちだって、最期まで全力で生きようとしていた。
 だから、踏み切りを潜り抜けて電車の前へ飛び出した制服姿の少女の姿がどういうことを意味するのか、暫く理解できなかった。今だって8割は理解できていない。わかったのは電車に伝わる重い衝撃と、車内のどよめきと悲鳴。飛び散る、数秒前まで同年代の少女だったものの一部。それを見たのは、実際に事故が起こる前日の夜だった。
 少女の制服には見覚えがあった。梅山立城市内にある女子高のものだった。同じ中学からそこへ進学した友達に片っ端から電話を掛け、踏み切りを越えてきたときに少しだけ見えた彼女の特徴を伝えて探してもらったけれど、答えは得られなかった。友達経由での説得を諦め、苦手の早起きをして一時間早く出て、現場で少女を待った。けれど、結局なにもできなかった。咄嗟に掴んだ飛鳥の手を振り払い、彼女は踏み切りへと走りこんだ。葬儀の場で、不登校で入学以来ほとんど学校に行っておらず、同級生との交流もなかったことを聞いた。
 そんなことを何度も繰り返した。何度も何度も、目の前で人が死の淵に飛び込むのを目の当たりにしてきた。救えたと思っても、結局そのあとすぐに建物の屋上から飛び降りた人もいた。
 そのうち。電車に命がばらばらに引きちぎられる音を覚えてしまった頃。飛鳥は踏み切りで待つのをやめた。代わりに警察へ通報するようになった。止められたこともあったし止められなかったこともあった。
 初めから知らないでいられたなら、それは自分と無関係の事象。だけど、知ってしまったならそこに残されるのはどうしようもない無力感。それを押し込めた蓋は頑丈なはずだった。少なくとも、飛鳥はそう思っていた。けれどその蓋は外れてしまったのだ。今朝、大和にあの予知を話した瞬間に。
 蓋を押さえつけていた最後の重しが兄としてのプライドだったことに、その時になって気づいた。
「兄さん、起きてる?」
 ドアの向こうから、大和の声が聞こえた。「寝てるよ」と返事しそうになって思いとどまる。狸寝入りをこいている幼稚園児か。
「……具合悪い?」
 お前のほうが悪いだろ。そう言いたくなるような鼻声だった。風邪気味なら休めばいいのに。そう思うけれども声には出さない。弟と父が寝静まったら、明日の朝飲めるように生姜をたっぷり入れた甘酒でも用意しておいてやろう。根っからケア職向きの気質なのか、こんなに不安と恐怖と自己嫌悪に苛まれているときでさえも、誰かのために料理をするのは億劫ではなかった。
 風邪気味なのだから早く寝てほしい。そう思うけれど、だけど、大人しく引き下がってくれるとも思っていない。逃げられないよう手を尽くしてまで聞きだしてきたのだ。気にしていないはずがなかった。そのわりにきちんと時間通りに学校には行っているあたりで、真面目というか律儀というか。小さな頃から弟は一度決めた予定を変えるのが嫌いだった。
 起きていることを悟られないように、布団をぎゅっと握り締めて、気配を殺した。暗い部屋で目を閉じると、視界にはどんな光も入ってこない。それでも、あのなにもない虚無とは、なにもかもが違っていた。
 「死にたい」とか「死ね」とか、簡単に口に出す人たちがいる。この恐怖を知っても、そんなことを言えるのだろうか。飛鳥の手を振り解いて死へと飛び込んだ人たちは、これを知っていても、同じことをしたのだろうか。だけど伝わるはずがない。他の人に自分の感覚を伝えることなんてできないから。
「兄さん、……起きてるよな」
 返事をしない。だけど、大和の口調には確信が篭っていた。どうしてこの弟は、自分の嘘をこうも簡単に見破るのだろう。未だに理由がわからない。ドアが引き開けられる音がした。動かない。目も開けない。声も出さない。後ろ手で戸を閉める音。フローリングの床を、大和の足音が近づいてくる。
 ベッドサイドで大和の呼吸の音を感じた。瞬間。
「ひいいいぃぃぃぃぃっ!?」
作品名:Another Tommorow 作家名:なつきすい