カトレアクラブ
恵理香は中学三年生になった頃から、時々布団の中で自慰をするのが癖になっていた。誰かに教わったわけでもなく、偶々自分で思いついたようなものだったので、下着の上から淫核を何回か刺激するだけで充分満足出来た。
ある日の夜。恵理香が自慰をしようと、パジャマを下着が少し見えるくらいまで下ろし、左手を下着の中に入れた瞬間――扉が開き、そこには美咲が立っていた。
どうやら偶々扉にロックを掛けるのを忘れていたらしく、心臓が爆発するほど驚いた恵理香は、手を下着のゴムに挟んだまま、反射的に掛け布団で自分の体を隠した。
「えりちゃん。今――」
驚きでパニック寸前の恵理香を、月明かりの逆光で表情が伺えない美咲が見つめている。
「今……どこに手、入れてたの?」
「早く、ドア閉めて」
「何しようと、してたの?」
「いいから出てって!」
恵理香は全身から火が出るくらいに身体が熱くなった。恥ずかしさももちろんあったが、自分のしていた行為が明らかに不純なことを思い知らされたようだった。
恵理香の悲鳴のような声を聞くも、美咲は立ち去るどころか、ベッドに近づき、その上に膝をつけて上ってきた。顔まで覆っていた恵理香の掛け布団を強引に剥ぎ取った。証拠を隠滅する前に、恵理香の痴態は再び美咲に晒されてしまった。
「やっぱりそうだ。いつも夜中に声が聞こえると思ったら、えりちゃんがしてたんだ」
「こ、声……、で、出てたの……?」
「うん。私、耳だけは特別いいの」
恵理香は真っ赤になった顔を壁に向け、左手を下着から抜こうとした。しかし、その瞬間に美咲は恵理香の腕を掴んで阻止した。
「ねぇ、私がえりちゃんのお手伝いしてあげる」
「な……なに言ってるのよ!」
「勝手な想像だけど――えりちゃん、きっと正しいやり方知らないだろうから」
美咲はそう言うと、恵理香のパジャマのズボンをずるりと脱がし、下着の中へ手を入れてきた。彼女の指は細くて長かった。
恵理香は死ぬほど恥ずかしかった反面、美咲との関係が、普通の友達とは少し違うようになったことに、喜びを感じた。
恵理香は友達を作るのが得意だった。人見知りはしないし、知らない相手にでも気軽に声を掛けることができる。同じ学年の半分以上は、面識のある生徒だった。
ただ、恵理香は表面上の付き合いしかしない。「そこにいたから話す」、「話しかけられたから話し返す」、「声をかけてくれないのなら、こちらも声を掛けないようにする」、というように、あくまで友達を「一度でも話したことがある生徒」としか思っていない。
だから、絶交だ、あなたなんて嫌いだ、と言われれば、恵理香ははいはいそうですかと言ったようにその生徒と関わらなくなり、好きだ、貴女にわたしがなりたいくらい好きだと言われても、はいはい、貴女は他人、だから私にはなれません、と言ってその場から立ち去る。
人付き合いが悪い――と言われればそうなのかもしれないが、別にそれが悪いことだと恵理香は思っていないし、別に一人でも何の支障もなく生きていける、とも思っている。
ただ、美咲は少しばかり違っていた。
彼女は、恵理香の中で唯一、自分の全てを打ち明けられる存在だった。
どうして美咲にだけなのか、それがどういう理由なのかは、恵理香自身にもよく分からなかった。
彼女に好意を抱いていたといえばそうなのかもしれないが、恵理香はそもそも人に抱く好意というものが何なのか、全く知らなかった。
そんな彼女に、自分の自慰行為を見られた。しかし彼女は動揺せずに恵理香に近づき、彼女の言う正しいやり方を教えてくれた。オーガズムに達するまで、彼女は空いたもう片手で恵理香の手を握ってくれていた。
「……美咲も――私の前でしてみせてよ」
恵理香は呼吸が安定してきたあたりで、そう言った。美咲は見る見る内に顔を赤らめ、戸惑うように目を泳がせたが、「……いいよ」と言い、パジャマと下着を脱ぎ、下半身を露わにした。
美咲の淫核は、恵理香のものよりすごく小さかった。ガラスのビーズより小さい突起が、指先でなでられたり、音をたてながら指が淫唇の中で動かされるのを、恵理香はまじまじと見た。自分は自慰をしていないにも関わらず、取り替えたばかりの下着が湿りだした。
恵理香は以前に一度だけ、鏡を当てて自分の股間を見たことがある。それは今も忘れられないぐらい、衝撃的な光景だった。恵理香の淫核は、ビー玉ぐらいの大きさがあった。さきほど美咲が見て驚いていたことから、美咲の大きさが一般的なのかもしれない。
光源が月一つだけの真夜中、湿り気のある音が寝室に響く。美咲の口からは声が自然に漏れていた。
「えりちゃん、抱き締めて……」
喘ぎ声の混じった声で彼女は言った。恵理香は迷いもせず、美咲の体に自分の体を寄せ、背中を両腕でぎゅっと包んだ。
息が全力疾走している時のように荒くなり、喘ぐ声も隣の部屋に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい激しくなった時、恵理香の唇にやわらかくて生暖かいものが触れ、それが美咲の唇だと気づいた頃には、彼女の舌が恵理香の口の中に入り、粘着質な音を立てながらそのまま舌同士を絡ませていった。
三十秒ほどその状態が続いた後、美咲は絶頂に達し、自然に恵理香の唇から離れ、布団に仰向けになった。
恵理香にとって、それが産まれて初めてのキスだった。
美咲はそのまま恵理香の布団の上で寝てしまったので、恵理香が彼女の部屋で寝ることにした。
次の日の朝は、昨日の夜にあったことが嘘だったかのように、美咲は今まで通りに接してきた。何も気にする素振りもせず、本当にあれは夢だったんじゃないか、と恵理香は疑った。しかしオーガズムに達した感覚と、彼女の舌が絡んだ感覚は、鮮明に残っていた。
それからは、恵理香は前より自慰をする回数が増えた。美咲と二人ですることも何度かあった。そのときはかならず唇を重ねた。自慰行為よりも、キスにだけ集中する時もあった。
ほとんど誘ってくるのは美咲からだったが、一度だけ恵理香から誘ったことがある。その時は二人で自慰行為をするのではなく、美咲が恵理香の行為を行った。彼女は前よりも上達していた気がした。
部屋が離ればなれになっても、二人は恋人というわけでもなかった――美咲がどう思っていたのかは分からないが――し、恵理香はそんなことよりも、美咲が無事に志望校に受かって欲しい、とだけ考えていたから、未練のようなものもなかった。
ただ美咲との関係が、あやめとの喧嘩の原因に繋がっていたのは、ほぼ確実であった。