カトレアクラブ
ただし、精算はレジのようなものにカードキーをかざすことで行われ、その時頼んだ食べ物の種類、カロリー、栄養素等が細かく記録される。その記録を生徒が確かめることも出来るし、一週間毎に保護者の元にも電子メールや手紙で送られる」。それを見ることによって、子供の食べている量や栄養バランス、健康状態を一目で確認できるという仕組みだ。
一人で必要以上に頼んだり、栄養があまりにも不足したり肥満で悩んでいる生徒等には、保護者と教師の判断によって、頼めるメニューや量が多少制限されることもある。
そのため、献立を出すだけ出して後は生徒に任せる給食よりは明らかに効果的らしい。
「ねぇ、恵理香……」
シャンプーを流し終えたあたりで、あやめのか弱い声が隣から聞こえた。
「なに?」
「あの……洗顔ソープ貸してもらえない? あたしの洗顔液、もう空っぽだったの忘れてて……」
なんだそんなことか、と恵理香は安心し、ほっと息を吐いた。
「今ちょうど私が使うから、終わったら上から渡すよ」
「はい……ごめんなさい」
あやめは本当に申し訳なさそうに縮こまった声で返事をした。たかが洗顔ソープを借りるくらいで、しかも同じ部屋の生徒なのに。そこまでビクビクしなくてもいいのに、と恵理香は思いながら洗顔ソープの口を開けた。
さらにこの学校の特赦なところは、寮の部屋は二人部屋を基本としながら、個室や集団部屋なども用意されていて、長期休暇中以外は基本的に部屋の移動が自由なのである。
部屋の登録、解除、ロック等は全てICカードで行われる。当たり前だが既に登録された部屋に他の生徒が登録することは出来ないし、一人の生徒が複数の部屋を持つことも不可能である。
そのため、部屋で共に暮らす生徒も自由に決められるし、何度も決め直すことができる。相手の気など関係なくぽいぽい部屋を変える生徒はさすがに嫌がられるらしいが。
恵理香があやめと同じ部屋になったのは、中学三年生の十月頃だった。
恵理香は徳間美咲という子と、同じ部屋だった。
その時期はちょうど受験勉強を本格的に始める生徒が増えだし、美咲もその一人だった。そのため高校もそのまま聖白百合学園に進む恵理香は、美咲の邪魔にならないようにと、他校を受験する生徒と部屋を交換した。その交換した部屋で一緒になったのが、あやめだった。
恵理香とあやめはそれまでほとんど関わりがなかった。食堂や大浴場ですれ違ったりしたことはあったのかもしれないが、一言も言葉を交わしたことがなかったので、記憶に残っているわけがなかった。
あやめは初対面にも関わらず、恵理香にすぐ慣れ親しんだ。恵理香自身も人見知りはしない方なので、二人はあっという間に仲良しとなった。
それなのに、二人の関係は間もなくして切れてしまう。
――美咲ちゃんなんて、受験に落ちて鹿児島に帰っちゃえばいいんだ!
そうだ。あやめのその一言で私の怒りは頂点に達し、彼女の胸ぐらをつかんだのだ――。
恵理香はそれを思い出したところで、使い終わった洗顔ソープを、左腕を伸ばして壁と天井の隙間から隣へと渡した。あやめは黙って受け取り、キャップを開けた音がした後に「ありがとっ」とお礼を返した。
恵理香は、徳間美咲について思い出す――。