カトレアクラブ
彼女は教壇の前に立つ校長先生に丁寧にゆっくりとお辞儀をして、私たち新入生に向かって、歓迎の挨拶を始めた。
「新入生の皆様、ごきげんよう。この度は、我が聖白百合学園にご入学、おめでとうございます――」
彼女の声は、ハープの音色のように一音一語、美しく流れるように発せられた。思わずその声色に聴き入ってしまいそうだった。
恵理香はぐっと拳を握りしめた。そんな行為をしたのは産まれて初めてだった。悔しいという感情自体、今まで感じたことがなかった。
――彼女には、本当に抜け目がない。
容姿だけではなく生徒の代表にも選ばれるのだから、成績もかなり優秀なのだろう。そんな相手に恵理香がまるっきり敵わないというわけではないが、相当に手強い相手であるのは確かだった。
恵理香は常に自分以外の女性を下に見る。今日まで自分より上、もしくは自分と同等の女性は存在しなかった。皆、どこか一つが恵理香より欠けていたのだ。だが――ケルパーには今のところ、欠点が見当たらない。
生徒へ向けた言葉も、ありがちな挨拶で恵理香の耳を右から左へと筒抜けていくのだが、全校生徒を目の前にしているにも関わらず、発せられる声は緊張で震えたりせずに落ち着いていて、言葉を誤ったり途切れることがない。
――私はこの女に、絶対に勝たなければならない。
恵理香はそう自分の心に誓ったのだった。
「それじゃあ、あのケルパー……さんが、新一年生の中から部員を選ぶってこと?」
半歩ぐらい遅れて歩いていた恵理香は、小走りしてあやめより前を歩きながら聞いた。
「まぁ、一人で選んでるわけじゃないと思うけどね。カトレアクラブって、あのケルパーって生徒以外、誰が部員なのか分からないのよね」
「分からない? そんな大々的に新入部員を発表しているのに?」
エレベーターからシャワールームまでは、少し遠い。相変わらずの病院のようなカラーリングの廊下を歩いていく途中に、洗濯機が大量に置かれた部屋がある。開けっ放しの扉からは、寝間着姿の生徒が猫背になりながら自分の洗濯物を洗濯機の中へ放り込む姿が見えた。
「ん〜。なんて言えばいいのかしら。発表は部員に選ばれた本人にしか教えてもらえないの。どうやって知らされるのかは分からないけど、メールで来たり、直接電話がかかってきたりとかするのかな?」
「でも、その選ばれた子が『私が新入部員です』って名乗り出ちゃえば、すぐ分かることじゃないの?」
「選ばれた生徒は、部員以外の生徒に自分が部員であることを口外するのは、校則で禁止されてるのよ。もしそれがばれたら――最悪、退学させられるらしいよ」
「なにそれ。馬鹿みたい」
恵理香は歩く速度を速めて、あやめとの距離をさらに広げた。
たかが部活でどうしてそこまでする必要があるのだろう。ましてや校則でまで取り締まれているなんて、聞いて呆れる。秘密結社や漫画の生徒会じゃないんだから。
「恵理香――」
「……なに?」
「シャワールーム、過ぎてるよ」
あやめの言葉に足を止め、振り返ると、立ち止まったあやめの横に曇りガラスの扉があった。その中から寝間着姿の生徒が、濡れた髪の毛をバスタオルで拭きながら出て行った。
「…………」
今日はとことんついていない。何故カトレアクラブの新入部員の話で苛ついたのかも分からないし、あやめに声を掛けられていなかったら、自分はどこに向かっていたのだろうか。恵理香は喉の奥がカラカラに乾いてしまうぐらい大きなため息をついた。