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カトレアクラブ

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 風呂を出て、パジャマに着替えた二人は、着替えを持ったまま、ほてった体で中央棟の外へ出た。
 校内の照明灯ぐらいしかあたりに人工の光がないこの山からは、天気が良い日は流星のごとく夜空にたくさんの星々が広がる。恵理香とあやめはよく二人で風呂上がりにそれを見に行くのだ。
 中央棟の東口から出てコンクリートの道からずれて草むらを歩いて行くと、大きく盛り上がった金属のオブジェがある。何の目的やモチーフをもって作られたのかは分からないが、銀色に輝くたんこぶのようなそれは、腰を下ろして空を見上げるのにはベストスポットだった。
「こんなオブジェの上に、よく登ろうと考えたよね。最初恵理香ちゃんにここを紹介された時は、この金属に反射して映った夜空を見るのかと思ったよ」
 確かにワゴン車ぐらいの直径と高さを持つこのオブジェを背もたれにしてご飯を食べたりする生徒はよく見掛けるが、登ることを考えられていない曲面と金属独特の滑りやすさを備えているこのオブジェを、わざわざ登って何かをしようとする生徒はまずいない。
 そんなオブジェをいとも簡単に両手両足を使って恵理香はひょいひょいと登る。脇腹に着替えの入った鞄を抱えているにも関わらず、十点満点がもらえそうなくらいなめらかな動きでオブジェの上に立った。
 対するあやめは、鈍くさそうに足を滑らせながらも、なんとか登り、真っ直ぐ立つ恵理香の隣へどっしりと腰を下ろした。恵理香がおかしいだけで、登れるだけでも充分すごいことである。
「どうしてえりちゃんは、いつも階段を一段抜かしで上がるみたいに早く、しかも綺麗に登っていくのかしら。あたしなんて、木登りが下手な猿みたいになっちゃうのに」
「子供の頃はよく外で木登りしてたからね。――まぁ、猿も木から落ちるけどね」
 首を傾げるあやめに一瞥をして、恵理香は腰を下ろしてオブジェの曲面の流れに沿うように両足を伸ばした。
 夜空を仰ぐと、何百、いや何千もの星々が、こちらにサインを送っているかのようにきらきらと輝いていた。
「今日は人一倍綺麗だね〜!」
 頷きながら、恵理香は不思議な気持ちになった。
 地球だけでも人一人から見れば広大なセカイなのに、その地球よりも大きな惑星や、銀河など、宇宙というものは計り知れないぐらい広大なのだ。
 ――それなのに、恵理香は世界は愚か、日本のほんの一帯から外には一歩も出たことがないのだ。それだけではない。田舎育ちの恵理香は、飛行機はもちろん、電車や船にも乗ったことがなかった。
 ――だが、それでも恵理香は不満には思っていないし、ここに居続けたいとも思っていた。
 地球がどれだけ広かろうと、アメリカは日本の何倍もの土地があろうとも、ここが日本の何県のどこなのか等知らなくても、ここに今存在するというだけで、それが恵理香にとっての「世界」であるのだ。
「セカイ」が限りなく広大なのに対して「恵理香の世界」は、他人から見れば、あまりにも狭い。しかし、狭い中でも恵理香自身にとっては、それ以上セカイを広める必要がないのだ。
 恵理香からしてみれば、日本の他の県も、海を越えたどこかの国も、闇夜に無数に散りばめられた星々と何ら変わらないのだ。ただ、まだテレビや写真によって、風景や様子を確認が出来る分、現実味が少しあるだけでしかない。
「あんなに眩しいくらいに輝いてる星も、地球からは何百光年も離れているんでしょう? そんな遠くにある星が、こんなに沢山見渡せる地球。そんな場所に、産まれることができた私達って……贅沢だと思わない?」
「贅沢か……。でも――本当に贅沢なのは、たくさんの星が見れる地球の上で、誰かと一緒に夜空を見上げられる人間だと思う」
「えりちゃんって詩人ねぇ。もしえりちゃんが男の子だったら、あたし、今の一言で惚れちゃってたかも」
「ごめんね。タカシ君に言わせないで、あたしが先に言っちゃって」
「ううん、いいの……。えりちゃんが言うからこそ、今の言葉には魅力があったんだと思う」
 夜空に向けられていた顔を地面の方へ下げ、あやめはほほえんだ。
 その微笑みは、どこか寂しそうな、苦笑いに似たものだった。
 恵理香は視線を降ろし、ちょうど平行な高さにある各棟の窓に合わせた。時間の問題か、ほとんどの部屋の窓はクリーム色の光や白い光で染められていた。
「さ、そろそろ部屋に戻ろっ」
 恵理香はピョンと芝生で埋められた地面に下り、振り返ってまだオブジェの上にしゃがんだままのあやめに手を差し伸べた。あやめは頷くと再びほほえみ、恵理香の細い指に自分の指を重ねた。

 二人は夜空に散りばめられた星たちと銀色のオブジェに見守られながら、自分達の部屋に戻っていった。
 二人が去ったのと同時に、二つの陰がオブジェに一直線に向かっていった。

作品名:カトレアクラブ 作家名:みこと