カトレアクラブ
あやめの言うとおり、レポートはすごく簡単だった。教科書の文章そのままにもほどがあるというほどで、僅か十分足らずで終わってしまった。あやめも恵理香より少し遅れて終えた。DVDはまだ最初の方の説明を事細かく説明している。
「えりちゃん早いね〜。さすが優等生!」
「書くのが早いのと頭がいいのは関係ないわ」
「もう、そんなこと言わずに素直に褒め言葉を受け入れればいいのに」
あやめは棚の上からモニターのリモコンを取り、音量を一気に下げた。筋肉質な女性教師の大きな声が、耳から遠ざかった。
「えりちゃん……さっきはありがとう」
「ん? 何が?」
恵理香はすることがないので二回目の見直しをしている。
「食堂で尚子と望に言われてカッとなっちゃった時……」
「あぁ。あれぐらいどうってことないよ。あやめは何も悪いことしてないんだし」
「そっか……」
首を捻ってあやめを見ると、彼女は恵理香の方へ体を向けていたが、顔は下に向けたままだった。
あやめは胸に両手をあて、決心したかのように顔を上げて言った。
「あたしね――好きな人がいるの」
恵理香の心臓は急に動きを変えた。崖の上から地面を見た時の感覚のように、一瞬止まったように感じ、拍を刻むのを早めた。
「好きな……人?」
「そう。――この学校の生徒じゃないんだけどね」
今度は胸の辺りが重く感じた。あやめは一度目を伏せ、すぐに視線を戻して続けた。
「山を下りて、三十分ぐらい歩いたところにある、共学の高校の生徒なの」
そうなんだ、と感情を込めずに恵理香は言い、視線を反らした。何故だか美咲の姿が頭に浮かんだ。
様子に気付いたのか、あやめは両手を前に出してぶんぶん振りながら、
「あ、ごめんね! いきなり全然関係ない話なんかしちゃって! ……そうだよね。えりちゃんはこういう話、あまり好きじゃないんだもんね」
と言ったが、恵理香は答えずにモニターの方に顔を向けていた。モニターには陸上選手のスタートを構えた写真の下に「クラウチングスタート」と太字で表示されていた。
「……あの時喧嘩したのも、あたしがいきなりこういう話したから、ああなっちゃったんだもんね」