カトレアクラブ
ピントのずれがなく、すぼめた僅かな視界に入ったのは、子供の右手だった。
だがその光景が、その子供をさらに普通の子供では無くしてしまったのだ。
その子供は――天狗だったのだ。
赤い右手には、同じく真っ赤に染まった大きな鼻が握られていたのだ。
すぐに恵理香は子供の顔に目がいく。
真っ赤な顔に、本来あるべき鼻の位置だけが、赤黒く窪んでいた。
その子供は、自らの鼻をもぎ取り、自分の片手に握っているのだ。
「わたしは悪魔よ――」
その言葉を聞いた後に、恵理香は気を失って倒れた。
どれくらい倒れていたのかは分からない。それでも気付いた時には、秋菜の家の寝室に横になっていた。幸いにも彼女の母は仕事に出ていたため、留守だった。
怒られると思ったから母にも川で転んで頭を打ったとしか言わなかった。次の日に秋奈と会っても、二人は天狗の子供については一切触れなかった。夢か幻だと思いたかったのだ。そして、親交を深めようと思った頃には、秋奈は母親と共に村を離れ、どこかの町に引っ越してしまった。
恵理香がまだ、五歳頃のことだった。