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グッバイブルーバード

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 いつものおれならめんどくせーなーと言いながらもたもたと用意をして出かけるのだが、今日のおれは携帯を片手にしばらく茫然としていた。友人は確かにあの子と言った。ここでおれの脳裏に浮かんだのはコガネちゃんただ一人で、どうして奴がコガネちゃんのことを知っているのかということより、最後に捨てられた脅迫まがいの台詞で頭がいっぱいになった。まさか本当に殺すなんてことはないだろうが、もしコガネちゃんが奴にいいように丸めこまれて連れ出されているのだとしたらどうだ。あの不思議っ娘のことだ、よくわかりません、と首を傾げている間にあんなことやこんなことを。あああああ。
 おれは急ぎポケットに携帯と財布を突っ込み階段を転げるように下りる。足音にリビングから「うるさい!」という姉と弟のきれいなユニゾンが聞こえたが、構わずスニーカーに足を入れた。ちょっと出てくると叫ぶが早いか家を飛び出し、自転車に飛び乗り一路中心地へ。
 ここで少し冷静になれば、いつもの海岸でコガネちゃんのじっと座っている姿を見つけられただろうに、おれはといえばコガネちゃんが友人の魔の手にかかってしまうのではないかということしか頭になかったのでまんまと見逃してしまった。ある意味おれが一番いかがわしい。
 マックには言うまでもなく、友人二人しかいなかった。騙されたというより、少し考えればわかる嘘にまんまとはまったおれが悪い。
 汗だくで椅子に腰かけたおれに、おう、とおれを電話で呼び出した奴が差し出してきた。Lサイズのコーラ。一気に喉へ流し込みむせる。
「のこのこと出てきたな。さて、あの子ってのはどの子のことなんだろうな?」
「帰る」
「待て待て待て! いいから座れよ、な、ポテトやるから」
「おまえはおれにもっとパサパサになれというのか」
「干からびてしまえ」
「帰る」
 まったくおれがばかだったよ。ガタンと音を立て椅子から立ち上がると、まあまあ、と奴の隣でてりやきバーガーに齧りついていた友人その二が仲裁に入ってきた。まずはその口に付いたソースとマヨネーズを拭け。
 友人その一は真崎、その二は新谷という。どちらも中学からのいわゆる悪友というやつだが、そういえばこの夏期休暇に入ってから二人に会うのは初めてだった。真崎は毎日バイトに明け暮れているようで、新谷は夏休み早々家族旅行に北海道へ出かけていた。おれと違って有意義で羨ましい限りだ。
 ぶん取ったポテトLサイズを食しながら言うと二人は顔を見合わせ、真崎が内緒話でもするようにこちらへ身を乗り出した。男同士でこの距離はどうなんだ。それにそのにたにた顔はなんだ、気持ち悪い顔がますます気持ち悪くなっているぞ。
 おれが身を引くと、またまたあ、と含み笑いで真崎が言った。
「おまえこそ、ひと夏のアバンチュールを満喫してるみたいじゃん。女の子とデートしてたって?」
「デート? なんだそれ、見間違いじゃねえの」
「あれ、違ったの? 一昨日かな、確か女の子と映画見に行ってたよね」
 爆弾を投下したのは詰め寄ってきている真崎ではなく新谷のほうで、おれは普段と変わらぬ表情で二つ目のバーガーに手をかける奴をじっと見つめた。視線に気付いた新谷が首を傾げる。
 一昨日、おれは確かにコガネちゃんと映画を見た。たまにはまったく別の場所を探してみるのもいいかもしれないとこの辺りへ足を運んだのだが、彼女の興味は探し物より劇場に向けられてしまった。
 おれの腕を掴み「ここはなんですか?」「映画館って初めてです」と嬉々とした目で大きなポスターを見つめるので、おれは彼女を連れて映画を見るほか選択肢がなかった。というか、見ずにはいられなかった。こんなコガネちゃんを前にして「手持ちがギリギリだから駄目」などと言う男は男じゃない。
 ――ちなみにコガネちゃんが見たがったのは夏にぴったりのホラー映画で、少女はそれはそれは楽しそうに観賞なさっていたのだが、おれはというとジャパニーズホラー特有の湿気溢れる恐怖にびくびくしっぱなしだった。なにが男だ、ばかか。
 そんな理由で今日のおれは金がないわけなのだが、まさか見られていたとは思ってもみなかった。しかし考えてみれば市街地だ、こいつらだけでなく学校の奴らに目撃されている可能性は高い。別に見られて困る関係ではないが、おれみたいな冴えない奴と噂話が立ったら困るのはコガネちゃんのほうじゃないだろうか。えーあんなのと一緒にいるのーコガネちゃんってへんー。想像するだけでぞっとした。女という生き物は恐ろしいとおれは姉で痛感している。
 おれは仕方なく二人に事の経緯を説明した。ひとつ言うたびに「へー!」だの「ほおー!」だの妙な合いの手を入れる真崎をおれの燃える拳でぶん殴りたくなったというのは秘密だ。少しは黙って聞けないのか。
 一昨日の話まで説明を終えやれやれとコーラのストローをくわえる。こんな不思議ちゃんの話をして二人がどう思ったかは知らないが、少なくともそんな架空の探し物をする手伝いをするおれに対しては同情に似た感情を抱いたことだろう。うるさいほっとけ、確かにはじめは成り行きだったが、今はおれはおれがやりたいからやっているんだ。それを否定されたくはない。
 コーラがなくなりズゴゴゴゴという音を鳴らし始めたとき、おれの話を黙って聞いていた新谷が「それって大丈夫なの」とバーガーの包み紙をきれいに折りたたみながら言った。
「コガネちゃんに騙されているんじゃないかってことか?」
「うんまあそれもあるけどさ、例えばもし彼女の言うことがすべて本当だったとしたら、きみ色々と辛いんじゃない」
「……、え、なんで?」
「ぼくの記憶が確かなら、声が出せない人魚ってアンデルセン童話と同じだよ。人魚姫の話は知ってる?」
 おれはチルチルミチルをヘンゼルとグレーテルに間違えるような男だ。いっそ開き直り胸を張ると、新谷が溜息をつき三つ目のバーガーを引き寄せた(相変わらず細いくせによく食う男だ)。その横から真崎が「人魚姫って聞いたことあるな」と割り込んできた。
「あれだろ、人魚が魔女に人間にしてもらうやつ」
「そう。人魚の姫が人間の王子に恋をして、魔女に頼んでその美しい声と引き換えに人間にしてもらうんだ。でも人魚姫は王子が別の女の子と結婚してしまうと泡になって消えてしまう。だから人魚姫の姉妹は自分たちの髪と引き換えに魔女にナイフを貰って、人魚姫に渡してこれで王子を殺す様に言うんだよ。そうしたらおまえは人魚に戻って、泡にならずに済むんだよ、ってね」
 さすが、幼い妹がいる男は違う。よくもそうすらすらと童話のあらすじが言えるもんだと感心していると、そんなことを言っている場合じゃないよ、と新谷が深刻そうに話の顛末を教えてくれた。
 人魚姫は結局、愛する者を殺すことができずに泡になって消えてしまうのだ。
 もしコガネちゃんが本人の言う通り人魚であるならば、彼女は誰か好きな人がいて、そいつと結ばれないと死んでしまう。おれは「だから言ったでしょう、辛い、って」と言う新谷から視線を外し散らかったトレイを見つめた。
 好評販売中、ハッピーセットのキャラクターがあほな顔をしてこちらを見ている。うるせえ、なにがハッピーだ、くそったれ。

作品名:グッバイブルーバード 作家名:橙子