グッバイブルーバード
コガネちゃんは首を左右に振り、必要だから、と言った。その言い方は自分のために青い鳥を探しているというより、誰かのために欲しているような感じだった。彼女の大切な人のために。そんな気がした。
「と言ってもなあ……」
実在しないものを探すなど不可能だ。どれだけ時間をかけて探したところで、幸福の青い鳥は彼女の前に現れることはない。人類が徳川の埋蔵金を求めるのとよく似ているような、そうでないような。
たとえがいまいち、四十三点。もっとがんばりましょう。
黙りこくってしまったおれの視界の端で黄金色の髪が揺れる。もう少し探してみます、ありがとうございます。そう書いたスケッチブックをおれに見せたコガネちゃんは、さくさくと砂浜を歩き始めた。サンダルの踵が砂に埋まり歩きづらそうだ。
「――さらば、おれの夏休み」
自分で言うのも何だが、おれはどうやらよほどのお人よしらしい。ああ、買い物のついでに田舎の夏休みが満喫できる某ゲームを購入して帰り、この夏はそれで過ごそうとここに来るまでにそんな計画を立てていたというのに。
やや強引にコガネちゃんを海辺から道路へ上がらせ、自転車の後ろに座らせる。不安定なことがこわいのか、おれのシャツを握りしめる青い目に不覚にもときめいてしまった。ひと夏のアバンチュール、という馬鹿な友人が言っていたことを思い出す。いや、これはゴミ箱に捨てたんだ、おれは。
スケッチブックを籠に入れサドルに跨る。そうして漕ぎだしたおれに、ますますの恐怖を感じたコガネちゃんの手が今度は両手でシャツを掴んだ。こわいならしっかり掴まっていないと、おれも転んでしまうよ。
青い鳥のありかなどおれにはとんと見当がつかないが(そもそも現実にはないものだ)、海にいるよりは見つかる確率が高いだろう場所を回ることにした。それこそ何か出そうな森があればいいのだが、あいにくそういった場所はこの辺りにない。あるとすれば公園だろうかと思い足を向けてみたが、夕方までかかってもそれらしき鳥を見つけることはできなかった。
青い鳥もさることながら、コガネちゃん自身も謎に包まれている。公園でのことだ、突然蹲ったかと思えば、水道に一目散に駆けていくことが何度かあった。はじめ喉が渇いたのだろうかと思ったおれだったが、サンダルを脱いだ彼女が蛇口から出る水に素足を晒したことに驚いた。地面にぺったり腰かけ、ワンピースの裾が濡れてしまうことなど構わず膝から下をびしょびしょに濡らす。そのたび、子どもを遊ばせに来ているお母様方に「なんなのあの子」という目で見られる。それもそうだ、はっきりした年齢は知らないが、コガネちゃんは外見年齢中学生だ、幼子じゃない。そんな子が周囲の目など気にせず足を濡らしている。
さすがのおれもコガネちゃんが三度目のその行為に及ぼうとしたときは制止をかけた。急いで自販機でミネラルウォーターを数本購入し、申し訳ないがこれで我慢してくれと頼む。躊躇なくボトルの水をばしゃばしゃ引っかける彼女に、おれはどうしてそんなことをするのかと理由を尋ねた。これが訊かずにいられるか。
コガネちゃんが見せたスケッチブックには、「わたしは人魚なので、時々水をかけなければいけません」「水のない生活なんて想像できません」と書いてあった。
青い鳥に人魚。これはどうやら、本当に不思議ちゃんであるらしい。人によっては電波だと言うかもしれない。おれはとんでもない子とお知り合いになったものだ。
家に送るというおれの申し出を断り、海でいいです、と言うコガネちゃんをその通り出会った海辺で下ろしてやる。
「もう少し探すのか?」
おれの問いかけに頷いた彼女は、ありがとう、と頭を下げ道路から浜辺へ足を向けた。海風にワンピースがひらひら揺れる。早速サンダルを脱ぎ波打ち際に立つ少女を見下ろしながら、何だか危なっかしいなと思った。
しかし現実に危ないのはおれのほうだった。
「あっ……買い物、」
足をかけたペダルに、チェーンがガシャと音を立てた。
魅力的な男というのはどういう奴のことを言うのだろう。おれは寝転んだままジャンプを手繰り寄せ再生紙のページをぱらぱらした。指に擦れたインクが付着して黒くなる。
そうだな、例えばおれがよくわからん木の実を食って体が伸びるゴム人間になって、仲間を集めながら大航海をしたとしよう。そんなおれは〝魅力的な男〟なのだろうか。今のご時世そんなことがあったら、おそらくおれは病院に連れて行かれる。おれが実はスーパーなんたら人で七つの玉を集める旅に出たとしてもそれは同じだ。仲間のために死にかけようが、元気玉で地球を守ろうが。
何が言いたいかというと、おれはいわゆる、キャラが薄いキャラ、だ。そこにいてもいなくても同じというか、コマの中で背景と同化してしまいそうというか。そんなおれは確実に魅力的ではない。だから夏休みが二週間と少し過ぎた現在でも、めくるめく甘酸っぱい青春群像劇になど掠めてすらいない。不思議ちゃんには出会ったが、それに関してはおれではなく彼女の方が魅力的(というか個性的というか)なので、おれが彼女を素敵だなと思わない限りめくるめく以下略にはならないだろう。
そりゃまあ、週に数日青い鳥を探す手伝いをしている中で、ちょっとかわいいな、と思わなかったわけではないが。海にいるときは浅瀬で泳ぐ小魚と会話しているみたいなふわふわした表情でいるし、公園や動物園に青い鳥を探しに行ったときは見るものすべてが初見であるように目をきらきらさせている。これをかわいいと思わずなんとする。
思い出し何ともいえない気持ちに襲われベッドの上で身を丸くする。好きとか嫌いとか恋愛とか、何とも億劫な思春期ですこと。別にしているわけではないが。
その瞬間、枕元に置いた携帯電話が大音量で着信音を鳴らし始めおれは文字通り飛び上がった。
「まじで好きとかそんなこと思ってねえから!」
誰もそんなこと訊いていない。
鷲掴みにした携帯には友人の名が表示されている。早く出ろーと言わんばかりに鳴り続けているので、いっそこのまま放置してどれくらいの時間鳴っているか調べてやろうかとすら思った。根気のある奴だな。
当然ながら、繋がって早々「早く出ろよ!」と怒鳴られた。なんだ、急ぎの用だったのか? それは申し訳ないことをした。
「今すぐ駅前のマックに来られたし」
「は? なんで。おれ金ないよ」
「その辺の事情はあとでじっくり聞きますぅー。いいからはよ来い。でなければあの子の命はない」
ブツッ。通話時間約三分。カップ麺ができたりウルトラ的な奴が星に帰ったりする時間だな。
作品名:グッバイブルーバード 作家名:橙子