魔法使いの夜
ナナハンに乗った魔女
「だらしないねえ。たった一人の男にみんなふりまわされて」
黒い皮のつなぎ、赤いマフラー、逆立った金色の髪。さちこさんだった。あまりにも勇ましい登場に周りにいた人たちも声もなく立ちつくしている。
「かっこいい、あねご!」
と、叫んだのはヤス。
ぼくも思わず、「かっこいい」とつぶやいていた。
「ジュン。いくよ。ついてきな」
さちこさんはぼくにヘルメットを投げた。ぼくはそれをかぶってオートバイの後ろに乗った。
「しっかりつかまってな」
「は、はい」
うわずった声でぼくは答えた。
バリバリバリ……。
鼓膜がやぶれそうなくらいすさまじい音だ。それにこんな暗い山道なのにものすごいスピードで走っている。まるでオートバイが自分の手足のようにハンドルをさばいている。
(さちこさんてオートバイにのると人格がかわるんだ)
ぼくは怖いのと楽しいのとでぞくぞくしていた。
男はでこぼこの山道にかなり苦労しているようで、すぐに追いついた。けれどさちこさんは脇にそれて土手を登っていった。
土手のてっぺんについたとき、ちょうど月が登ったところだった。下にはひらけた原っぱがよく見える。さちこさんは先回りしたのだった。
月を見ながらさちこさんはぼくに言った。
「ねえ、ジュン。人間てさ、良くも悪くも変わるときってほんのちょっとしたきっかけなんだよね。わたしもいろいろあったけどさ、この村に恥を忍んで帰ってこようと思ったのは、あこがいたからなんだ。母親ってさ、子供のためならものすごく強くなれるんだ」
ふいにそんなことを言われてぼくはめんくらった。
「でもね、一度信用なくすと、それを取り戻すのは大変さ。実はね、いくつか病院に面接に行ったんだけど、断られちゃった。しかたないよね」
「さちこさん……」
「だけど、がんばるからね。父さんの農業を地道に手伝ってさ。信用してもらうんだ」
さちこさんは力強く言った。その強さにぼくは勇気づけられた。