魔法使いの夜
おばあちゃんちのそばまでくると、女の人はちょっと驚いたようだった。
「ジュンくんの家ってここなの?」
「おばあちゃんの家です。ちょっと寄ってください」
ぼくは急いでおばあちゃんを呼んできた。
「まあ、さっちゃん。坂下のさっちゃんじゃないの」
「おばちゃん、ごぶさたしてます」
さっちゃんと呼ばれた女の人は、すごくていねいにおばあちゃんにあいさつした。
「おばあちゃん。ぼく、このお姉さんに助けてもらったんだ」
「まあそう、お昼にも帰ってこないから心配してたんだよ。ありがとうね、さっちゃん。さ、はいって。今までどうしてたの」
そのときおばあちゃんはさっちゃんの後ろに隠れているあこちゃんに気がついた。
「あら、さっちゃんのお子さん? かわいいねえ」
さっちゃん──さちこさんはこの村ばかりか近くの村や町でも知らない人はいないくらいの不良少女だったそうだ。
「母が死んで、父がお酒ばっかり飲むようになって……。わたし、どうしていいかわからなかった」
「しかたないよ。まだ中学生だったんだ。あんたのお父さんのほうがしっかりしなきゃならなかったのに」
「でも、おばちゃんだけが親身になってわたしのこと叱ってくれたね。のりちゃんも小さいときからわたしのお姉さんみたいに優しかったのに……」
のりちゃんていうのはぼくのお母さんのことだ。
「なのに、汚いことばで逆らってばかり……。甘えてたのね」
さちこさんは涙ぐんでいる。
「のりこが結婚したのは、ちょうどあんたがいなくなったころだった。わたしは一度に娘を手ばなしたようでさびしかったよ」
ぼくはこたつにはいって背中を丸めて話を聞いていた。あこちゃんもぼくのとなりにおなじような格好をしてすわり、ときどきぼくの背中をさすってくれていた。
「それよりさ、ここをとびだしてからどうしてたの? 苦労したんだろ?」
「東京にいってもしばらく荒れて、ひどい暮らしをしてたんです。でも、とってもいい人に会って、やり直す気になって」
「うん、うん」
「おばちゃん、わたし看護婦になったの」
「そうかい。そりゃあよかった」
「やっと一人前になって五年前に結婚して。三年前、あこが生まれてまもなく……」
さちこさんはそこで声をつまらせた。そのときあこちゃんがいった。
「あこのパパ、お星様なの。パパとあわせてくれるって、ママの生まれたおうちに帰ってきたの」
さちこさんはあこちゃんにパパのことをきかれて、思わず星になったと言ってしまったのだそうだ。都会の空では星なんか見えない。あこちゃんに星がみたいとせがまれて帰ってきたという。
「わたし無性にこの村の星空を思い出して……。そしたら本気で帰りたくなったの。今さら恥ずかしいけど」
「恥ずかしくなんかないよ。ちゃんとがんばって生きてるじゃないか」
「そう言ってもらえてうれしい。お父さんもよく帰ってきたって……」
「そうだろう。あんたがいなくなってあの人も反省したんだよ。さちこがいつ帰ってきてもいいようにって、家もきちんとしてさ。一生懸命働いたんだ」
おばあちゃんとさちこさんの話にぼくは目の奥がじんじんと熱くなった。ぼくはこたつにつっぷして目をとじた。まだ呼吸するたびに胸はひゅーひゅー鳴っている。
二人の話はまだ続いていて、あこちゃんの小さい手がぼくの背中をなでている。ぼくはいつのまにかうとうとと眠ってしまった。