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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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魔法使いの夜

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「どうしたの? ぼく」
「ごほっ、ごほっ、ごほごほ……」
 女の人が声をかけてくれた。でも咳がひどくて答えられない。
 それからどうなったのかよく覚えてないけど、その女の人の家にぼくは連れて行ってもらった。
 その人はぜんそくのことをよく知ってるみたいで、ぼくのおなかにクッションをあててくれた。クッションを抱きかかえるようにしてソファーにすわると、ぼくは息がしやすくなった。女の人はしばらくぼくの背中をさすってくれて、それから吸入器を出してきた。十五分ほど吸入するとずっと楽になった。
「すみません。どうもありがとう」
 ぼくはやっと声を出すことができた。
「これ飲んでみて。にがいけどよくきくわよ」
 茶色い変なにおいのお茶のようなものをだしてくれた。一口飲むと本当ににがい。でもがまんして飲んだ。
「ぜんそくの子があんまりむちゃしちゃだめよ。外で遊ぶのはもちろんいいことなんだけど」
 顔をあげて見ると、短い髪を金色にそめたちょっと男っぽい感じの人だ。背がすらっと高く、やせているので男の人にも見える。着ているものは黒いセーターと黒いジーパンだった。
(もしかして、この人……)
 ぼくの胸をちらっと不安がよぎって、心臓がどきどきしだした。
「さっき、神社にいたでしょ? 昨日はもとの小学校にいたわね」
 ぼくはあんまり意外だったので、返事ができなかった。
「昨日、久しぶりにこの村に帰ってきたの。十二年前に飛び出して……。小学校、廃校になっちゃったのね」
「ごめんなさい。男の人だと思ってました」
 ぼくはどうしてそうしたのか自分でもわからなかったけど、立ち上がって頭を下げた。顔がほてって赤くなっているのがわかる。
「いいのよ。わざと男の格好してたんだから」
「どうしてですか?」
「恥ずかしくてね。昔、すっごくぐれてみんなを困らせたから」
「ママ」
 そのとき、小さな女の子が部屋に入ってきた。フランス人形みたいにかわいい子だ。ぼくをみて急いでお母さんのうしろにかくれてしまった。
「人見知りなの。この子もぜんそくで……」
「ああ、それで吸入器が」
「そう。さっきのお茶も漢方なんだけど、この子がんばって飲んでるのよ」
 女の子はぼくをじっとみている。
「よろしくね。ぼくはジュンていうんだ」
 すると女の子はちょっとはにかんで笑った。
「あら、あこは自分の名前、お兄ちゃんに言わないの?」
 お母さんに言われてもじもじしている。
「この子はあこっていうの、三歳よ」
「ママ、お花は?」
「ほら、そこに飾ってあるわよ」
「ほんとだ。とってもきれい。ありがとう、ママ」
 テーブルのうえに白い椿の花が飾ってあった。
「この花ね、あの神社の裏山に咲いてるの。この子が昼寝してるあいだにとってくる約束だったの」
 ぼくは軽くうなづいた。少しの沈黙のあと、ぼくは思い切って聞いてみた。
「あの、防空壕のなかにはいりましたよね」
「あらやだ、みてたの? あそこコウモリいるでしょ。今も巣があるかどうか確かめたのよ」
「そうなんですか」
「女のくせにおかしいって思ったでしょ。わたし、子供の時から背が高くて男勝りだったの。いつも男の子とばかり遊んでたから、あんなところへっちゃらなの。それにね、あのコウモリがきっかけで、わたしコウモリが好きになって……」
 そうして別の部屋からコウモリのはいったかごをもってきた。
「わあ」
「これは冬眠しないのよ。食べ物も果物でね」
 コウモリはよく慣れている。ぼくもかごの外からえさをやってみた。
「コウモリってさ、不思議っていうか気味が悪いっていうか、あんまり人からよく思われていないでしょ? 嫌われ者のわたしにふさわしいのよ……」
「どうしてですか?」
「いろいろあってね。結局、自分の弱さかな」
「はあ……」
 ぼくはなんのことかわからないのであいまいな相づちを打った。すると、花をみていた女の子がお母さんに抱きついた。
「あこ、ママ大好きだもん」
「ありがと、あこ」
「ぼくもあこちゃんのママ大好きだよ。ぼくのこと助けてくれたんだもん」
 あこちゃんはにっこり笑うと、今度はぼくのとなりにすわった。
 しばらくして、ぼくの呼吸が落ち着いてくると女の人はいった。
「もう、大丈夫かな。車でおくるわ」
「すみません。ご迷惑おかけして」
「やだ、ずいぶん大人びたこというのね」
 女の人はくすっと笑った。ぼくは車に乗せてもらった。あこちゃんはお母さんのとなりには乗らず、ぼくのとなりに座った。
「あこ、お兄ちゃんのこと好き」
 なんだかくすぐったい感じがした。
作品名:魔法使いの夜 作家名:せき あゆみ