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ACT18 Hunting High and Low

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「……昔、あなたの好きだったひとが、あなたと乗って死んだ。それをあなたは引きずっている。その時あなたは脚と腕を……」
「やめて先生」
「いい? イズナ。あなたが好きになった人が、たまたま死にやすい人間だっただけの事よ。自分を責めないで」
「責める? 私は、誰も責めてなんていないわ。ただ生きるだけ」
 突然、エレナがイズナを振り向かせる。
 下着を付けていないイズナの胸がはだけ、あらわになる。彼女の肢体を台なしにする機械の四肢。それが今は、彼女の体に巻き付く蛇の様に、しなやかに映る。
 エレナはイズナを壁に追い詰めて、彼女に身体を寄せる。胸が重なりあい、息がかかる程の距離。
「それならなぜ?」
 イズナの顎を指で持ち上げる。でも彼女は顔色を変えずに、答える。
「戦う為。手足なんて惜しくないわ」
「危険な子。あなたは死に場所を探しているだけ」
 エレナの右手が、イズナの腰に触れる。
「ごめん先生。私、ストレートの娘がいいの」
 イズナはそう言ってエレナを押し退けると、服を着て、部屋を出ていった。




***************



 ガルスはラウンジの窓から外の街を見たが、500mより低い建造物を見つけることは出来なかった。
 ユーラシア大陸極東部ヤクーツク。かつて巨大な連邦国の一部であったこの都市は、今や統合体中央政府の首都として機能し、高層建造物の立ち並ぶその威容は、中央ユーラシアメガロポリスを形成する都市に相応しい姿だった。
 その街を見て、ここは違う。と、ガルスは思う。ここは、サンヘドリンとは違うと。
 サンヘドリン本部は、戦闘都市である。故に、天蓋ドーム内の建築物には厳しい高さ制限があり、ドーム自体も、武装タワーを中心とした“兵器の森”、そしてそれを始めとする三重の防御迎撃機構に囲まれている。
 鉄壁の防御を誇るサンヘドリン本部都市。一方ここには、そのような“戦争”を思わせる物は一つも無い。戦争を忘れた街。
 ガルスは、サンヘドリンは檻だ、と思う。世界から隔離された、限定戦争の舞台だと。
 ならば、今、自分がここに居る意味は一体何だ?
 そんなガルスの疑問に答えるように、目の前のマリア・エヴァ議員は、ガルスに言う。
「補佐官の同行も許されない会議だなんてね、嫌な雰囲気だと思わない?」
 マリア議員は、右手中指の豪華な指輪を煌めかせながら、紅茶のカップを口元で上下させるが、ガルスは目の前に置かれたコーヒーのカップには手を付けずに、マリアを睨んでいる。
「コーヒー、嫌いだったかしら? それとも美人の補佐官が煎れたのでなきゃだめ?」
 そう言ってカップを置くとマリアはガルスに言う。
「それよりも考えて貰えたかしら?」
 無言のガルス。
「私自身も大きなリスクを負っているの。この情勢下で、軍政議会の幹部がサンヘドリン軍部の人間と一対一で会うことがどういう意味を持つか……。重ねて言うけど、“私達”はサンヘドリンの対ヴァ戦闘権そのものの移行を画策する中央と親中央の連中とは一線を画しているつもりよ。サンヘドリン創設時のいきさつはともかくとして、あの時から数年に渡って地球圏の防衛に果たしてきた役割については高く評価しているの。組織の対立が鎮静化の方向に向き始めたとしても、タカ派の力はまだ侮れない。押し包めようにも、むしろその組織力の前に圧倒されるばかり…。その活力だって、最近の活動からも明らかよ」
 ガルスはため息をつく。
「それは君達背広組の仕事だ」
「相変わらず会話(政治)が下手ね……」
 苦笑いするマリア議員。しかし彼女は、すぐに話の続きを始めた。
「私達を取り巻く状況は刻一刻と変わりつつあるわ。組織同士の正面衝突を避けて、外交活動をコアとする相互関係を可及的速やかに確立しなきゃならない。そのためには、組織そのものの一本化が必要よ。他派閥潰しに躍起になっている中央の人間は、それを分かっていないのよ…」
 彼女は大きくため息をつく。
「ねえ、ケスティウス。中央内にも、少しずつだけど私達の勢力は浸透しつつあるわ。これにあなたの力が合流すれば……」
 マリア議員は不敵な笑みをこぼす。
「組織の併合と再編成。非公式だけど中央幹部の黙認も取り付けたわ。……条件付きでね」
「“シェーファー”か……」
沈黙する二人。突然、ガルスが口を開いた。
「ローマ神話のサトゥルヌスは、将来我が子に王位を奪われると予言され、その我が子を食い殺したそうだ。私は、サトゥルヌスになるつもりはない」
 マリア議員が、ガルスを睨む。
「くだらないわ、ケスティウス。一つの小屋に、二匹の犬は入らないわ。でも、その二匹の血筋が必要なのだとしたら、つがいにしてしまえば事は済む」
「どちらの血が残る」
「それは賭けよ。血を残せない獣はいずれ滅びるわ」
 時間だ、と言って席を立つマリア議員。突然、彼女はその脚を止めて言った。
「もう、私達だけでは彼らを抑えられない」
 そう言って、去っていくマリアの背中を見送るガルス。
 ガラスの向こうは、巨大な街。冷めた紅茶が残ったテーブルで、ガルスは、夕日の光に紛れるマリアを見送った。


 数時間後この会議により、HMA-h3の量産が可決、決定された。