サイコシリアル[4]
僕の首とナイフの切っ先の隙間は、文字通り皮一枚。マクロの世界だ。
瞬間と瞬間の戦い。
完璧と読みの戦い。
僕は、ナイフを避けた瞬間に、九紫戌亥の左手に光るものを捉えてしまった。
「うっ」
多分、予想するに左手に持っていたのは鏡か何かだ。鏡なのか、いつ取り出したのかは、不明だが確かに反射物ではあった。
九紫戌亥は、その反射物で部屋の電気を僕の瞳へと屈折させたのだ。こんな一瞬の間に屈折率まで考えるなんて人間業ではない。
僕は、条件反射で目を閉じてしまうコンマ零数秒の中でこの結論に辿り着いた。
更に思考は加速していく。
この場合考えられる次の一手で確率的に高いのは何か。
斬撃の後は、打撃か。
体勢から考えられるに、右足を軸にした左の足蹴り。
迷ってる暇は一瞬たりともない。
僕は、目を閉じ終わった瞬間に左手斜め前方にダイブした。
体操選手のようにはいかないが、蹴りをかわせる程度に。
━━ヒュン
読みが当たったのか、当たらなかったのかは目視していないから不明だが、九紫戌亥の一手はかわしきれたらしい。
僕は、使い物にならない右手を庇った為に不様に転がった。
また、立ち位置が入れ換える。
転がりながらも、僕は九紫戌亥の膝が一瞬沈んだのを捉えていた。
おいおい、マジかよ。
雑技団ですか。
つまりは、バック宙からの踏みつけへの先行動作だ。
これは定石じゃない。
僕は、転がった勢いを殺さずに円卓テーブルに当たる寸前まで体を転がした。
靴底が鉄製なのか、金属音が鳴り響き、九紫戌亥が着地した。
「ははは、この円卓テーブルの中でよくもまぁ逃げ回るなー。傑作だよ、マジで。思考速度の加速ってやつか? お前の時間軸は狂ってるんだろーな。じゃなきゃ避けられねーよな!」
九紫戌亥は、振り向きながら言った。
「生憎、それだけが取り柄なんでね」
僕は立ち上がりながら九紫戌亥に返す。
「戌亥、お前雑技団入ったら活躍出来るぞ」
「涙雫、お前は闘牛士向けだな」
これ以上の会話は無意味。九紫戌亥はそう判断したのだろう。
また体勢を低く構えた。
そしてまた踏み切り。完璧過ぎるが故のワンパターンか。そんな訳があるはずない。
その証拠に先程は左足で踏み切っていたのを、今回は右足で踏み切っていた。
ということは、左手に持つ反射物での攻撃か。
体の重心、バランス、構造から判断するにそれが確率的には高い。
「残念」
九紫戌亥が一瞬そう呟いた気がした。
気がした、瞬間に僕の脳髄が揺さぶられた。
九紫戌亥が繰り出したのは、右足踏み切りからの蹴りだったのだ。
綺麗な弧を描いたハイキック。
右足で思いっ切り踏み込んでハイキックは反則的に人間業じゃねー。
なんていう身体能力、身体安定、身体構造。
無論、僕は円卓テーブルに当たり、それでも勢いが殺されずに壁に叩きつけら
れた。
最早、右手の感覚神経は麻痺状態と化している。
しかし、こちらとその方が都合がいい。
「なー、涙雫。お前もそこにいる戯贈の為だったら人を殺すだろ? 世界を━━全てを壊すだろ?」
作品名:サイコシリアル[4] 作家名:たし