サイコシリアル[4]
それにならい、エレベーターの扉が閉まった。そして、エレベーター特有の浮遊感に身を包まれた。
二人だけの密室。もしかしたら、最後になるかも━━ダメだ。臆病的思考はなしにしようと決めたじゃないか。
だとしたら、僕は前に戯贈が言っていたことを遂行するだけ。実行するだけ。
言葉を実現するだけだ。悲劇を、戯劇を終わらせるだけ。
「ねぇ、涙雫君。前に私が言ったことを覚えてる?」
戯贈が言った。
覚えてるに決まってるじゃないか。今、まさにそのことを考えていたというのに。
「大丈夫だ、戯贈。お前の心ごと僕が守ってやるから」
「そう」
戯贈は僕の言葉に対して、とても淡白に答えた。でも、逆に考えてみれば、戯贈は僕を頼りにしているということで、僕が頼りにされているということで。それは、とても誇らしい限りだ。
と、その時。
エレベーターが下降を終え、それにならい浮遊感も消えた。
地下十階。目的地。
エレベーターの扉が自動的に開き始めた。無論、僕はなんとなくして身構えた。
何か起こるかもしれないから、変に体に力が入ってしまうのだ。
開かれた扉の向こう側の世界。
何か起こるかもしれない状況なんて生易しいものではなかった。
起こっていたのだ。何かが・・・・・・いや、殺戮が。起こってしまっていたのだった。
エレベーターから数歩踏み出した僕の前に広がっていた世界は、十数人が腰を掛けることが出来るであろう円卓テーブルと十数個の腰掛け椅子のみがある質素で簡素で無機質な部屋だった。
しかし無機質と、これは今ある現状がもしなかったらの場合に限る。
一人、二人、三人、四人・・・・・・・・・・・・十二人の死体が今まさに目の前にはあったから。元の色はダークグレーなのだろうと予想させる壁は、赤黒く生臭く血塗られていた。
一人は首を刈られ、一人は首を落とされ、一人は腹を抉られ、一人は腹を刺され・・・・・・まさに多種多様の死に方をしていた。
僕は、この状況を認識した瞬間にとてつもない吐き気に襲われていた。隣の戯贈も、さすがに口元を押さえている。
しかし、僕と戯贈は目線を逸らさない。吐くことを拒絶していた。
それは何故か。
それは、僕たちの真正面。対角線上にある椅子に、ある男がいたから。血塗られたナイフ。禍々しくいびつな刻印が刻まれ、刃渡り二十五センチはあろうかというナイフ。その滴り落ちる血が、生々しさを物語っていた。
「まさか、辿りつくとはねぇ。大したもんだよ、お二方」
とある男。
九紫戌亥が言った。
それが嘘か真か僕には分からなかった。
本当は僕と戯贈がこの場に来るのを分かっていたかもしれないし、本当に予想外だったのかもしれない。
でも、多分この場合は限りなく前者に近いのであろう。
しかし、今はそんなことは関係ない。
全く持って関係性は零に近い。いや、等しい。
僕が、九紫戌亥に言わなければならないことは決まっている。
「何故、九紫を殺した」
いくら仮定をした所で、いくらそれらしい憶測を並べた所で、聞かずにはいられない。聞けずにはいられなかった。
「何故か。愚問だな、涙雫よ。それはもう分かったんだろ? 数々の仮定をあげて繋ぎ合わせて突き止めて、この場に来たんじゃねーのかよ」
前に相対した時と変わらず九紫戌亥は、けらけらと笑いながら話している。
最強の殺し屋故の驕り、又は余裕から来るのだろうか。いや、九紫戌亥の場合は、このどちらとも当てはまらないだろう。不適合も不適切もいいとこだ。
九紫戌亥の場合は、純粋に楽しんでいるのだろう。この状況をこの展開を。
最強は天才で、天才は最強で。天才は孤独で。最強は孤高で。九紫戌亥は気まぐれで。
「どうしたよ、押し黙りやがって。まー、お前が考えたであろう仮定であってるだろーよ。でなきゃ、この場所には辿り着けねー訳だしな」
いかに九紫戌亥が気まぐれであろうと。
いかに最強であろうとも。
作品名:サイコシリアル[4] 作家名:たし