キミへの贈り物
教室の前の廊下で篠原が同じクラスの谷崎と話している。当たり前だけど、その頭に包帯とかを巻いている様子はない。わたし達に気づくと谷崎が教室に入っていき、ひとりでこちらを見ていた。
「やっと来たな」
篠原がいつも通りの笑顔を浮かべ、智ちゃん達が「先に教室行ってるね」と言っていなくなる。
「……さっきはごめん」
「ああ、あれぐらいどうってことねーよ。ヘディングで鍛えてるからな」
自分の頭をペシペシと叩きながら笑う。
「でも……」
わたしが次の言葉を探していると後ろから「篠原くんッ」っていう声が聞こえてきた。
振り返ると隣のクラスの女子だった。でも、ただの女子じゃない。サッカー部のマネージャーだ。昔のわたしみたいなショートヘアなのにすごく可愛く見える。
「ああ、三浦か。なんだよ?」
彼女はわたしの顔をチラリと見た後、綺麗にラッピングされた箱を差し出した。
「今日バレンタインだから」
それはどう見ても義理チョコっていう感じじゃなかった。そして、その眼差しも真剣だった。こんな人目がある所でも堂々としている。きっと自分の恋愛に自信を持っているんだろう。
「悪い。俺、甘いもんダメなんだ」
その言葉が届くと彼女の瞳の力は失われ、「そっか」と言って差し出していた手を下げた。
「うそつき」
その背中が向こうの教室に消えるのを眺めながらわたしが呟く。
「いつから甘いもんが嫌いになったんだよ」
「今日から」
「…………」
篠原が受け取らなかったのは、その想いが本物だったからだろう。受け取ってから上手く対応するなんてコイツにはできない。たぶん、彼女はもっと傷ついていたと思う。
それでも、わたしは篠原を責める言葉しか思い浮かばなかった。
踵を返す瞬間、わたしを睨んだ瞳は間違いなく濡れていたから。
「昼休みにちょっと時間ある?」
わたしの視線を篠原が真っすぐに受け止める。
「あるよ」
家を出た時にはたぶん篠原にチョコを渡すことはないだろうって思ってたのに、気がついたらこんな状況になっていた。
でも、走り出したのなら、もう迷わない。