キミへの贈り物
由紀ちゃんの言葉が頭の中で何度も響いている。わたしが篠原を好きだって、なんでそんなことを他人に決めつけられなきゃいけないんだ。由紀ちゃんなんて惚れっぽいだけで、付き合ったらすぐ冷めちゃうじゃないか。恋愛経験豊富みたいな顔しないでよ。
確かにアイツのことは嫌いじゃない。ううん、好きだよ。他の男子なんて比べものにならない。ずっと前から篠原しか見ていなかった。
でも、ずっと見てきたから、わたしは知ってるんだ。
「また同じクラスになれるか分かんないんだよ。今度のバレンタインが最後のチャンスかも知れないよ。仲がいい女子だって結構いるんだし」
「…………」
篠原はクラスの女子とも気軽に話していて、女子の間の評判がそんなに悪くないことも知ってる。アイツが”異性”という意識を持っているのは、ひとりだけだから。
「ユキ、やめなよ。ナツが困ってる」
「やめないよ」
由紀ちゃんは怒っているような悲しんでいるような顔をわたしに向け続けている。
いつも明るい顔をしながら本当はずっとこんな感情を隠していたんだと思うと、わたしも怒りだか悲しみだかも分からない気持ちが湧き上がってきた。
「まだ慶ちゃんのことが気になってるの?」
「えっ……?」
慶ちゃん―― 寺崎慶子ちゃんとは中二の時に同じクラスだった。とっても綺麗で頭が良くて真面目なクラス委員。タイプとしては智ちゃんに少し似ているけど、会話した量は全然少ない。
篠原が慶ちゃんのことを好きなのはクラスの全員が知っていた。それまでは全く無縁だったクラス委員に立候補して、いつも慶ちゃんを助けていたんだ。
「とっくに篠原はフラれてんじゃん」
そう、中二の終わり頃、バレンタインの後くらいから慶ちゃんは篠原を明らかに避けるようになっていた。あの慶ちゃんがチョコを渡したとは思えないので篠原が逆告白して玉砕したとかいろいろ噂があったけど、本当のことは知らない。慶ちゃんは別の高校に進学したから、もうずっと会っていない。
「もともとさ、アイツは相手にされてなかったんだ」
「それは……分からないよ」
「分かるよ。直接本人に確認したんだから」
「えっ? 本人って……慶ちゃん?」
「この前、商店街で会ったんだよ。そんでマックで話したんだ。篠原の名前を出したら不機嫌そうな顔してたよ」
「…………」
そんな話、初めて聞いた。
「だから言ってやったの。『今度のバレンタインで夏美が篠原に告白する』って」
「なっ……?!」
由紀ちゃんの言葉に息が詰まりそうになる。
「なに勝手なこと言ってんのよッ!」
立ち上がったわたしが怒鳴りながら学食のテーブルを両手で叩くと、由紀ちゃんは驚いたように目を見開いた後、すぐに俯いてしまう。
「ナツ……落ち着いて」
智ちゃんの声で、昼食の手を止めた人達の視線がわたしに突き刺さっていることに気づく。
「……ごめん」
わたしが座ると同時に由紀ちゃんは立ち上がって学食を出ていった。
「ユキはさ、ナツのことが心配なんだよ」
智ちゃんが静かな口調で告げる。
「うん……」
「寺崎さんっていう人にユキが会ったこと、ナツには知らせない方がいいって言ったのは私なんだ」
「もういいよ、その話は」
その後はふたりとも黙り込んで食事を終えた。
由紀ちゃんの言う通り、慶ちゃんはアイツのことなんて全然気にしていないのかも知れない。
かなり人見知りする子だったので中学の時は男子の友達なんていなかったけど、すごい美人だから彼氏を作ろうと思えば簡単だろう。
でも、篠原は今でも慶ちゃんを忘れてなんかいない。
たとえ慶ちゃんより綺麗で可愛い女の子が告白してきたとしても、きっとそれは変わらない。
アイツがわたしを女の子として好きだったことなんて一瞬だってないんだ。