しっぽ物語 1.シンデレラ
お決まりのパターンだった。朝に来て、夜に帰る。この町はニューヨークから近すぎた。
この町にあるベッドはいつも淋しい思いをしている。深夜一人ぼっちなのはもちろん、昼間だって、時々気まぐれな二人組が身を横たえるだけ。誰も彼もが、あのやかましい音を立てるスロットマシンの間を、紙コップ二つを持って――1つはトロピカルなジュース、もう1つには戦利品のコインを入れて――歩き回っている。彼らの姿は毎日のように見ているから、努力しなくとも頭に浮かんでくる。彼らは魚だった。そしてカジノの様子は、人気のない浅瀬に似ている。薄暗いけれど、時々はっとするようなどぎつい光が差し込んでくる。巌にぶつかる波がうるさく、しきりに水面が揺れている。そして魚は、もしかしたら干上がるかもしれないという普遍的な恐怖にだけ晒されている。まさか上から漁師の網が降ってくるなんて思いもよらない。丸々と肥え太っている。狭い岩礁の間を縫うように泳ぐ。
そんな場所を観光客は知らない。知っているのは、この街に住む人間だけだ。冬のボードウォークにある落とし穴のような場所。砂の上でしゃがみこんだFが、厳しい水の色を眺めていたことは、一度や二度ではなかった。
「あなたも?」
「ああ?」
「観光客なの?」
「ああ」
「よく来る?」
「ああ」
「眠いの?」
「質問ばっかりだな、おまえ」
「だって、気になるんだもの」
「俺の知ってる女は、殆ど喋らないからな」
「それ、人形だったんじゃないの」
その通りだ、と妙に納得する。態度には出さなかったが。最近気心の知れた友人か、娼婦としか寝ていない。
「あなたはだぁれ」
伸ばされた語尾が不愉快だったから答えなかった。けれど、女はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「知ってどうするよ」
「なんとなく」
丸く、年増女のように下品に開けられた赤い唇から、最後の煙が吐き出される。眼を瞬たかせ、Fは顔を背けた。
「王子さま」
呟けば、女は心底愉快そうに笑った。どうすれば、こういった笑いを自然に発することが出来るのだろう。
「なにそれ」
作品名:しっぽ物語 1.シンデレラ 作家名:セールス・マン