しっぽ物語 1.シンデレラ
ベッドが軋む。振り落とされないようにと、脚に乗せた指先へ無意識に意識を集中させた。そういえば、この太腿から下の肉付きが良かったから声をかけたのだ。先ほどから小骨のように喉へ引っかかっていた疑問が、落ちてシーツの間に消えた。リンキンパークのニューシングルに身を任せる女は黒いすべすべした子山羊のローカット・ブーツに包まれた足を殆ど動かすことなく、器用に膝をすり合わせ、肩を傾げていた。この季節に、しかもアトランティックシティのど真ん中でブーツだなんておかしな話だったが、その違和感が更に興味を煽った。
「それがこのざま」
「なに」
「なんでも」
「そればっかりね」
「他になに話せって?」
「なんでもいいけど」
「じゃあ、どこから来た」
人差し指で女の肌に文字を綴りながら、Fは尋ねた。
「コネチカットとか?」
「ニューヨーク」
ボードウォークの近くにあるバス停で群れているバスツアーのメンバーだろう。あんなしけた連中に仲間入りするにしては、少し若すぎるような気もしたが。
「その前はクリーブランド。8年前、高校を卒業して出てきたの」
「どこのクリーブランド」
「オハイオの」
それほど年が変わらなかったという事実に驚く。若く見える。これは賞賛してもいい。
「で、どうしてこんなところにいる?」
「最初はみんなと一緒に、タージマハールでスロットしてたのよね」
髪を掻きあげながら、女は真面目な顔で答えた。舞い散る灰を振り払いながら、Fはわざとらしいしかめ面を作った。
「ドナルド・トランプの手先か」
「知らないけど。でもすぐに飽きちゃって……そんなたくさんも、使ってられないでしょ?」
拡散した煙に鼻先を当てるだけでぼんやりとしてくる。今日は疲れているのかもしれない。人肌が恋しかったことは確かだ、あのクラブにいたときは。今はもう、いつもどおり全てが鬱陶しくなりつつある。ただぬくもりの名残は、離し難い。枕を当てなおす間も、反対の手でずっと女の膝に触り続ける。
「それで、何人かであのクラブに行ったの」
「友だちは?」
「置いてきちゃった」
だってあなたみたいな、いい男がいたんだもの。
胸の中で痺れるような腹立ちが膨らみ、それは深呼吸をした程度では到底収まるものではない。薄く口を開けたら、干上がった舌先が甘い白煙を探り当て、痛かった。
「今日帰るのか」
「ええ。8時半のバスで」
作品名:しっぽ物語 1.シンデレラ 作家名:セールス・マン