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トワイライト

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「あーもー、うるせえな」
 ラケットを構えたハルが急かす。常々わけのわからん奴だが、今日は特にテンションが高い。……バカめ。
「おら、いくぞ」
 下から放るように、シャトルを飛ばす。ハルは難なく食いついてきた。返ってくるシャトルの勢いが増している。
 射撃音痴で、柔術の授業でも投げられっぱなしのもやしっ子のくせに、平衡感覚と俊敏性は抜群。あと、なんでか知らんがバドミントンが得意。だからこのご時勢、今まで生き延びれたんだろうか。いや、バドは関係ねえだろうけどな。
「どうしたアカヤ、腰が引けてるぞ! 腕がなまったか!」
「ンだとお? つーか、なまるもなまらねえも、俺もともとバド部じゃねーですから!」
「うらあ食らえ! ファーストキスの恨み!」
「ええええおまっ、ファーストだったの!? ……ッ」
 びしゅッ、とかなんとか、常識外れな高速回転のかかったシャトルが、俺の足元に落とされた。おい、なんか砂埃巻き上げてんですけど。
 ラケットを肩にかついで、ハルがふんぞり返る。
「ざまあないな、有森班長」
「……このやろう」
 せっかく謝ってやろうと思ったけど、やめたやめた。男にファースト奪われるとは、ざまあないな、安住学級委員長。
「調子乗んなよこのウンチ野郎!」
「運動音痴と略さず言え! つーか、運動音痴じゃねーですから!」
 平均台は学年で一番だった! と、役にも立たない主張と共にシャトルが飛んでくる。何年前の話をしてんだ。平均台なんて今や、物干し台代わりに成り下がったっつーの。
「童貞」
「……そういうのをあげつらうのはどうかと思うぞ、ヤリチン」
「おめーも人のこと言えねえだろうがっ」
「不能になれ。不感症になれ。精子腐らせて死ね」
「百倍ひでーよ!」
 ぎゃあぎゃあ言い合って、ばしばし打ち合って、だけど、誰も咎める奴なんかいない。
 くだらない上に下品な舌戦は、自然と馬鹿笑いに変わった。何がおかしいんだか、シャトルを追って走り回って、俺とハルはげらげら笑い合った。




「……結局引き分けか」
「何言ってる。おれの方が多く点を入れたぞ」
「ふざけんなよ。なら俺の方が点数稼いだね」
 コンテナに寄りかかり、疲労困憊の俺たちはかすれた声で勝敗を決めていた。あーあ、なんで点数を正の字で残しておかなかったんだ。
 五百ミリペットボトルに入れた濾過済みの水をあおり、半分をハルに押しつける。よほど喉が渇いたのか、ハルは残りを一気に飲み干した。嚥下する汗ばんだ喉を、見るともなしに見ていた俺は、その向こうを行く一団に腰を浮かせた。
「アカヤ?」
 銃に手をかけた俺を、ハルが怪訝そうに振り向くが、すぐに気づいて黙り込む。俺が見据える視線を追い、小さく息を呑んだ。
 魚市場へと続く大通りを、人が、列をなして歩いている。
 大人も子どもも、男も女も関係なく。顔を上げて足並み揃えて、前へ前へと進んでいく。
「見んじゃねえ。目合わせると厄介だぞ」
 一団を見つめるハルの頭を掴み、胸元に抱え込む。俺はホルスターから拳銃を引き、体の力を抜いた。あいつらがこちらを見て、手招いてきたら――撃つ。
 息の詰まるような時間だった。
 いつもそうだ。「奴ら」を狙い殺すのは俺たちの方なのに、いつも、こっちが追いつめられているような心地がした。
「……誰か、いるか?」
 押し殺した声で、ハルが聞く。誰かいるか? 誰か……あの中に、見知った奴はいるか?
 三人いた。
 クラスメイトだった奴と、近所の漁師さんと、……セーラー服何某さん。
 言いたくねえなあ。こいつ、気にしそうだもん。すぐに情を移す。生真面目な学級委員長の顔の下に、どんだけの泣きっ面を隠してきたのか、隣の席のよしみで知ってしまっている俺としては、ものすごく言いたくない。
 だけどどうせ、ハル相手にごまかしなんて通用しない。正直に答えると、ハルは俺の胸板に額を押しつけ、そうかと短く頷いた。
「じゃあ、あの彼女も、もう……」
「ああ。俺に告ってきた段階では、とっくに寄生されてたんだろうな」
「……」
 結局、列の中の誰一人、こちらを振り向く奴はいなかった。
 彼らは首を反らして空を仰ぎ、ひたすら前へ前へと進む。前へ前へ、いずことも知れない場所へ、消えていく。
「最近“モノリス”が現れたのは、三週間前だ。たぶんあの時に――」
 彼らは彼らでなくなった。
 人間じゃなくなったんだ。




 死にゆく星で生きていた。俺も、ハルも、みんなも。


 石柱状浮遊物体(モノリス)が成層圏内に現れたのは、今から三年前のことだ。
 太平洋沖に降下した“モノリス”は、二日間の沈黙を保った。その後、各国の軍が手を打つ前に、表面から強烈な光を放った。光はきっかり六十秒、世界中を覆い尽くした。真っ白な天蓋のようだった。
 後にも先にも、あれほど大規模な「光害」はない。
 俺の両親は、“モノリス”が放つ光を一分間、馬鹿正直に見上げて驚いていた。そんな馬鹿は世界人口の半分くらいいたらしく、彼らは数日のうちにいずこかへ消えた。長大な列をなし、空を見上げ、導かれるように。
 未曾有の大混乱は、それから一年と半年続いた。暴動が起きた。聖戦が起きた。軍事力が失われた。国家機能が崩壊した。
 “モノリス”は上空を浮遊し続け、気まぐれに光を放った。「光害」は今でも続いている。光を浴びた者は、どうやら人間じゃなくなるらしい。何者かが体を乗っ取り、なりかわってしまう――らしい。
 寄生型光暈生命体。何者かは“ビジター”と呼ばれた。
「映画のエイリアンは、醜悪な容姿と攻撃性で人間を恐れさせた。でも、おれたちの「敵」の“ビジター”は、どういうわけか人間なんだ」
 以前そんなことを口走ったハルは、「先生」に頬を張られてぶんむくれていた。違う。それは間違いだ。あいつらは人間なんかじゃない。人間と思うな。あれは敵だ。人類の敵だ敵だ敵だ。
 だから殺せるのだ。昨日まで友達だった奴も、ついさっきまで一緒にいた親ですらも。
 “ビジター”は何をするわけじゃない。ただ数日、あるいは数週間、本人になりかわり、本人そのものの行動を取り、ある日突然、どこかへ行ってしまう。ただそれだけ。
 寄生された人間を媒介に、“ビジター”が感染するか否かは未確認だ。にもかかわらず、地球規模のパニックが一年と半年も続いたのは、それだけ「感染」が恐れられていたってことだ。
 地上で人間がごちゃごちゃ小競り合っていようが、“モノリス”はおかまいなしに光を放つ。
 神の裁きだと、どこかの新興宗教団体がほざいていた。
 この星は死ぬ。残された誰もがそれを悟り、少しだけ穏やかになったのは、“モノリス”が現れて三年目の春だった。
「アカヤ。おれは」
 “ビジター”の一行が遠くなる。腕の中、ハルが身じろいだ。
「おれは寄生されているのか?」
 ――三週間前。
 ハルは“モノリス”を見た。「光害」を受けた。
「してるかもなあ。おまえとろっちいから、まんまと逃げ遅れてたし」
 俺は拳銃をホルスターに収めた。うなだれる頭のつむじを、ゲンコツでぐりぐり押してやる。
「なんてな。――大丈夫だっての、何のために俺がかばってやったんだ。ギリギリ間に合ってただろ」
作品名:トワイライト 作家名:リョウ