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トワイライト

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『トワイライト』




 どれほど時代が変わっても、青春ってのはすべからく少年少女のもとに訪れるわけで。
「有森くん、好きです。私と結婚してください」
 真っ赤になった女の子のささやきに、俺はとりあえず、ミネベア九ミリ自動拳銃をホルスターに収めた。思い余って襲い掛かられて、うっかり引き金なんて引いちまったら大惨事だ。俺が処刑される。
「私……私、結婚するなら、有森くんがいいの」
 セーラー服の女の子何某さんは、両手を握りしめて続けた。震えている。「結婚」の重大さが、ちゃんとわかっているんだと思った。
 みんなして朝から晩まで土まみれになるこのご時勢、彼女の着ている制服にはシミひとつない。今日この時のために、必死で泥汚れを落としてきたんだろう。健気だ。
 まあ、それはさておき。
「あんた処女?」
 何某さんはますます顔を赤らめ、こくんと頷く。やっぱりな。
「……悪いんだけど」
「好きなの!」
 皆まで言わせず、彼女の涙声が遮った。
「あ、有森くんのこと、好きなの。ただたんに、子どもがほしいってだけじゃないの……!」
 だから困るんだよ、とは、さすがに口には出さなかった。
 さてどうしたものか。
 純情そうな人だ。俺よりひとつふたつ年上、高校生くらいだろうか。俺みたいなガキに「結婚」を申し込んでくる奴なんて、たいてい一回限りのお付き合いなのに。時々いる初心なタイプは、たいがいが初潮を迎えたばかりの年下。まだいるんだな、こんな女も。
 俺は空を仰いだ。抜けるような青空だ。校庭の隅、乱立する物干し竿に大量の衣類がはためいている。絶好の告白日和、ってやつですか。
「や、ごめんなさい。無理です。できません」
「わ、私が……その、経験してないから……?」
「それもあるけど、それだけじゃないっつうか」
 さてさて、本気でどうしたものか。
 空から救世主でも降ってこないかしら、なんて、このご時勢に言おうものなら非国民処分を受けそうなことを内心つぶやいてみる。
 ――そんな俺の祈りが通じたのかは知らんが。
「アカヤ。何やってるんだそんなところで。今日はおれとバドミントンの勝負をつけると約束しただろう」
 救世主だ。またの名を、カモネギ野郎だ。
 ネギならぬラケットを背負ってのこのこやってきたカモを、ちょいと指で招く。
「ハル」
「なんだどうした、取り込み中――んっ!」
 ぶっちゅうううう
「……」
「……」
「……」
 ――うううう、ぽん。
「ぷはっ……げほっ、げほっ! ちょ……おま、う゛ええっ、なにす」
「あーっと、こういうことだから。あんたとケッコンは無理。他あたって」
 呆然とする何某さんに手を振り、カモ、もとい腐れ縁の男の襟首を引っぱる。悪く思うな安住ハル。恨むんなら俺の隣の席にならざるを得なかった、おまえの苗字を恨むんだな。
「……おい。いつからおれは、おまえの結婚相手になっていたんだ」
「うるせえな、空気読めよ。バディだろ」
「席が隣同士(バディ)、な」
 校庭を横切り、学校の敷地内を出たところで、掴んでいた手を離す。無意識のうちにホルスターに手が伸びていた。周囲を見渡す。狭い路地をまたいで密集する家屋と、悪目立ちする黄色い外壁のマンション。人の気配も、「奴ら」の気配もなかった。寂れた風景だった。
 ハルは俺の半歩後ろを、ラケットの上でシャトルを弾ませながら歩いていた。緊張感のかけらもない、調子っぱずれの鼻歌が届く。一昔前に流行った夏の歌。――ああ、もう夏か。
「別にいいじゃないか、種付けくらい。先の短い女の頼みくらい聞いてやれよ」
「やだね。種付けだけならまだしも、先の短い俺に夫婦ごっこなんざ課すんじゃねえよ」
 言い返せば、ハルはいかにも他人事ですって顔で肩をすくめた。着地点のずれたシャトルを、慌てて走ってキャッチする。
「つくづくおモテになるな、“寄生型光暈生命体(ビジター)掃討班班長”有森アカヤ殿」
 嫌味は、ふんと鼻で笑って一蹴。
 ハルの手からもう一本のラケットを奪い取り、陽炎揺れるアスファルトを駆け出した。




 俺たちが居住地としている中学校の近くにある川は下流で、すぐ先に海が広がっている。
 最近かけられたくせに、もうひびが入っている橋を渡り、すぐ横に折れた。車一台がようやく通れる小道と防波堤が、川沿いにまっすぐ続く。
 ハルは我先に防波堤にのぼり、そこでまたシャトルを弾ませながら歩いた。屋上とかベランダとか、高い場所が大好きだからな、こいつ。ガキか。
「アカヤ」
 ふいにハルが立ち止まった。
 澱んだ川のゆるりとした流れに従って、男が浮かんでいた。両目とも撃ち抜かれた遺体だった。ヘドロや投棄物が、まだ若い男の体にまとわりついている。
「哨戒中の班員が仕留めたんだな。ご苦労さん」
 俺がおざなりに手を合わせ黙祷すると、ハルもそれに倣った。基本的に、両目を抜かれた遺体への追悼は許されていないが、ここには口やかましい「先生」もいない。悼んだところで別に、俺が「奴ら」を殺すのをためらうわけじゃないからな。
「そもそも女は、本能で優秀な遺伝子を遺そうとする生き物だ。だから、おまえがモテるのも道理なんだぞ」
 話が明後日の方向へすっ飛んだ。
 俺は耳の穴をかっぽじって、隣の席にして学級委員長、安住ハルお得意のへりくつに身構える。
「が、勘違いはしない方がいい。おまえは別に背が高いとか足が長いとか超イケメンとか、そんなんじゃぜんぜんまったくない」
 ああ、あの話、まだ続いてたのか。ていうかここにきて引っ張り出すのか。
「ひがみか、もやしっ子」
「別に? そんなんじゃ? ぜんぜんまったくないし?」
「ひがみじゃねーか。語尾上げんなムカつく」
「おまえはこの町を救った英雄だからな。前途も明るい有望株だ」
「ずいぶんと規模のちっせえ英雄だなあ」
 RPGにもなりはしない。
「親殺して、英雄もクソもねえだろ」
 ハルが視線だけでこちらを見た。その間も、奴のラケットの上ではシャトルが跳ね、細い防波堤を歩く足取りに戸惑いもない。平衡感覚だけは人並み以上だ。
「……“ビジター”を殺すのは、国民の義務だ」
 そのくせ、こいつの射撃の腕前は壊滅的だった。二、三回くらい誤射されそうになったのも、今ではいい思い出……なわけない。二度と撃つなと怒ってボコボコにしてやったのは、愉快な思い出だが。
「ところでだな、この間視聴覚室で、三年前の総体連の映像を見つけてな。バドミントン部の試合記録も残ってたんだ。うちの学校もなかなかいいところまでいってたんだけどな――」
 ……話が明々後日の方向へワープした。
 俺はラケットの柄で肩を叩き、これからのこいつとの試合に備えて凝りをほぐす。
 防波堤が途切れ、商港に出た。コンテナやフォークリフトが、熱射の下で静かにたたずんでいる。ここにも誰の気配もなかった。岸壁に打ち寄せる波と、磯の匂い。水面を滑空するかもめたち。停泊したきりの漁船が、時々揺れて軋んだ音を立てる。
 俺たちは日陰に移動し、距離を取った。ネットなんてないから、アスファルトを石でひっかいて線引きし、そこを境に各々のコートとする。
「よし、早くやろうアカヤ。おまえが先攻だ。早く打て早く早く」
作品名:トワイライト 作家名:リョウ