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恋はいつでも

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 傍目にはそれほどの酒量には見えなかった。ペースは吉野と変わらず、社内や取引先との飲み会よりは控えめの量だった。どちらかと言えばアルコールに強い木島らしくなく、疲れからくる多少の調子の悪さが素地にあって、酒の回りが早かったのかも知れない。他の連中と分かれて駅に向う道すがら段々と言葉が少なくなり、ホームに着いて電車を待つ間に座ったベンチから木島は立てなくなった。演技かと疑った吉野だが、顔色がすっかり白くなって、見る見る目の下や頬に青みを帯びてくるとそうとも思えず、しばらくホームで休んだ後、電車ではなくタクシーで自宅マンションに彼を連れ帰った。車に揺られてますます気分が悪くなったのか、木島は吉野宅に入るなりトイレに直行。五分は出て来なかった。
「気にするな。少し横になったらどうだ?」
「いえ、横になったら眠ってしまいそうだし。それに胃の中が空っぽになったせいかマシになってきましたから、もう少ししたら失礼します」
 幾分、血の気が戻ってきたものの、木島の顔色はまだ冴えない。
「明日は休みなんだし、ゆっくりしていけばいいさ。何なら泊まってもいいぞ?」
 木島は奇妙な笑みを浮かべ、呟いた。
「…こうなりたいとは思ったけど」
 聞き取れなくて、吉野が「え?」と聞き返すと、彼は微かに首を振り、
「いつもは『ちゃんぽん』なんてしないのに、思った以上にテンションが上がってしまって。かっこ悪くて凹むな…」
と続けた。
 今夜の店ではワインとピッチャービール、昨今流行の焼酎がテーブルに乗っていた。木島は勧められるままワインもビールも焼酎にも口をつけていた。あれでは酒量にかかわらず、酔いが回ったのは頷ける。
 女の子好きのする瀟洒な店内だった。女子社員にはやはり華があって、彼女達の存在が男子社員を陽気にさせた。異性が守備範囲外の木島のテンションも、引きずられて上がっていたのだろうか。
「木島でもそんなことあるんだな。雰囲気に当てられたのか?」
「まさか。女の子がいると真から楽しめませんよ。興味もないし、本当は参加したくなかった」
「だったら断れば良かったじゃないか?」
「同僚とのつきあいは大事ですから」
 水のおかわりを聞くと、「結構です」と木島は答えた。
 彼がソファに横たわりそうにないので、吉野は少し間を取って隣に座った。
「じゃあ次からは一人で参加してくれ。今回のコンパに俺と一緒じゃなきゃ参加しないって言ったらしいな? なんでそんなこと言うかなぁ。おかげで居心地悪いったらなかったぞ」
 半分本気、半分冗談で吉野が言うと、木島は伏し目がちに笑みを作り「口実です」と答えた。
「口実?」
「聞きたいことを女の子達が聞いてくれると思ったし、それに最終的に二人きりになるつもりだったから」
 木島は目線を上げて、隣に座る吉野を見た。
「予定では、一次会が終ったら吉野さんと一緒に抜けて、どこかで飲みなおすつもりだった。そんなことを考えて、時間が早く経てばいいと思っていたから、きっと変にハイになっていたんでしょうね。結果はこのザマ、せっかく二人きりになれたのに」
 木島の言っていることの意味が、吉野には理解出来なかった。文章として理解出来ても正しい解釈かどうかわからない。まるで木島が吉野に何らかの感情を持っているかに受け取れるのだが、それは俄には信じ難いことだった。
「俺は、吉野さんに興味があります」
 吉野のそんな心の内が表情に出ていたのか、木島ははっきり言葉に出した。
「だから、二人きりになってもっと話しがしたかった」
 顔色が悪いながらも、今夜、女子社員が誰も見られなかった、そして見ることが出来たなら一瞬で悩殺されたであろう魅惑的な笑みが浮かんでいる。おそらく一部の同性にも有効な笑顔だ。その『一部の同性』である吉野だが、魅惑より困惑が先に立つ。
「今まで何度も二人きりになったこと、あったじゃないか」
「仕事ではね。だけどプライベートでなかなか掴まえられないから、実力行使に出ることにしたんです」
 出会ってから半年。二人の間に仕事以外のつきあいはない。吉野が代わって引き受けていた仕事は木島に引き継がれたので、しばらくの間は一緒に行動することが多かったが、プライベート――ことに「同類」関係――の話は出なかった。もともと吉野はあれきりのつもりだったし、木島から何のリアクションもないので、同じ職場だと知った時点で互いの中で線引きがされたものと吉野は思っていた。
 Bar『Erebos(エレボス)』でも二人が鉢合わせることはなく、あの夜の記憶も遠くなっている。ともすれば、あの「彼」と木島は別人だったのではと錯覚するほどだった。
「Erebosに行っても会えないし、もしかして避けられてました?」
「偶然だろう。たまたま行った日に木島が来ないだけさ。それに以前は月に一度も行ってなかったし、今年の春が特別だったんだよ」
 Erebosに足繁く通っていたのは、多忙による疲れと、妹夫婦が離れた寂しさを埋めてくれる奥平の料理が目当てだった。人手が足りて業務内容が軽減し、純然たる独り暮しに慣れると、Erebosへ向う回数も以前のペースに落ち着いた。木島がかなりの頻度で通っていたとしても、毎日でないかぎり吉野と会う確率は必然的に低くなる――元に戻っただけで木島を避けていたつもりはないと吉野は続けた。
――何、言い訳しているんだ、俺は。
 羅列した言葉が、ひどく言い訳めいて自分の耳に返ってくるのを吉野は感じる。
「それはそれで、複雑だな」
 吉野の答えに木島が目元を苦味のある笑みで綻ばせた。
「避けるってことは、少なくとも意識はしてくれているってことだけど、そうじゃないって言われるとね」
 笑みはすぐに消え、今度は真っ直ぐ吉野を見つめる。
「それとも少しは俺のことを意識してくれましたか?」
 意識?――あの朝、「しばらくErebosには近寄らない」と思った。奥平に詮索される煩わしさを理由にしたが、そればかりだったかどうか。すでに次に会った時のことを意識していたことにはならないか。
 あのままどこの誰とも知れずに済んでいたならともかく、毎日会社で顔を合わせ、その人となりに触れる。一緒に仕事をしてみて、木島がどれだけ有能かがわかった。営業成績の良さもさることながら、合併で今までのシステムが変わり微妙に忙しくなった部署内で、周りをさりげなくフォローする。その頼り甲斐のある存在は、前線指揮者である吉野をずい分楽にしてくれた。
「沈黙は肯定の意味に取っていいってことですか?」
 一夜の思い出として忘れさられるはずの『意識』は持続され、
「まったく意識してなかったとは言わないけど」
それこそ『意識的』に閉め出さなければあらぬ方向に向かいそうだった。
「けど?」
「次をどうこうとは思わなかった」
 覗き込む木島の顔が近い。吉野の身体は彼と反対方向へ傾ぎながらずれる。そうしながらも目は木島の唇を捉えていた。
 程よい厚みの彼の唇が、どれほどしっとりとした弾力を持ち、そして柔らかく肌に触れるかを吉野は知っている。
「本当に?」
作品名:恋はいつでも 作家名:紙森けい