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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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新説御伽草子~桃ねーちゃん!

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「もっと若いころに裏切られたからか……いや、裏切るもなにも奴らは最初っからオレ様のことを澱んだ眼で見てやがった。人間つーのは鬼を見ればすぐに逃げるか殺そうとしてくる、奴らは鬼が怖いのさ」
「それは鬼が人間を殺すからではありませんか?」
「それは違うな、もしも鬼が手を出さなければ……現に先に手を出したのは人間のほうだって話だぜ、遠い遠い今じゃ鬼の誰もが覚えてねぇ昔の話だけどよ。人間は鬼を恐れてる、それは鬼が自分たちよりも優れた存在だからさ。力も度胸も、人間の持ってねぇ技術だって鬼はたくさん持ってるんだぜ、多くはとうの昔に失われちまったらしいけどな」
 饒舌にしゃべる酒呑童子は、今度は雉丸に酒を勧め、さらに話を続ける。
「知ってるか人間? オレ様たち鬼の祖先は遠い遠い空の向こうから降って来たんだと。まるでおとぎ話みてぇな話だけどよ、浪漫があっていいじゃねぇか。オレ様もいつかは空の上に行って、天界のやつらにご挨拶でもしてみてぇーもんだぜ」
 そう言って酒呑童子は笑った。
 宴は何時間もの間続き、鬼どもの中にその場で眠りこける姿がちらほら見えはじめた。
 やがて酒呑童子も呑み疲れたのか奥の部屋に姿を消してしまった。
 宴は不気味にまで静かに終わりを迎えた。

 桃は辺りを見回した。
「鬼どもはみんなおねんねしたかい?」
 起きている鬼は誰一人いない。
 すでにシルクハットを脱ぎ捨てている雉丸は、葛籠を開けて合図をした。
「サル出てこい」
 さらに他の葛籠の開けた。
「ポチ、出ておいで大丈夫だよ」
 態度が違いすぎ。
 猿助が勢いよく葛籠から飛び出した。
「ったく、どんだけ閉じこめて置くんだよ!」
 続いてポチがあくびをしながら出てきた。
「ふわぁ〜、もう朝ぁ?」
 茨木童子に顔を見られている二人はずっと葛籠の中に身を潜めていたのだ。
 鬼どもはまったく起きる様子を見せない。桃はためしに近くで横たわってる鬼のケツを蹴っ飛ばしたが、やはり起きる様子はなかった。
「ハゲ仙人にもらった毒酒が効いたみたいだね」
 ここに来る前、桃たちは亀仙人から必勝アイテムを授かっていたのだ。
 その名も〈神便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ)〉と言い、鬼には毒となるが、人間には無害の酒だった。
 その酒を受け取った桃は信用してなかったが、成果はこの通り鬼どもはすっかり毒牙にかかった。
「サルとポチ、雉丸はさっさと娘たちを全員連れて逃げな」
 桃が命じると猿助が愚痴をこぼした。
「せっかく我慢して隠れてたのに、出番はこれだけかよ」
「文句言ってんじゃないよ、娘たちを助ける一番美味しい役所じゃないか」
「言われて見れば、ウキキ」
 猿助は鼻の下を伸ばした。単純だ。
 さっそく猿助とポチは娘たちを連れて逃げる手はずをはじめたが、雉丸だけは――。
「俺は桃さんと一緒に残ります。酒呑童子との決着を最後まで見届けます」
 こうして二手に分かれ別行動を取ることになった。
 桃と雉丸は酒呑童子が消えた奥の部屋に足を踏み入れた。
 横になっている酒呑童子。毒が効いている筈だが、二人が部屋に踏み込んだ瞬間、俊敏に飛び上がって鋸刀を抜いた。
「おめぇら……クソ……躰が痺れて動かかねぇ」
 鋸刀を杖代わりに酒呑童子は片膝を地面についた。
 物干し竿を背中から抜く桃。
「さすがは最凶の鬼、毒を盛られても目を覚ますとはねぇ」
「毒だと……おめぇら!」
 酒呑童子は痺れる躰に鞭打って凛と立ち上がった。
 瞬時に桃たちを敵と判断して酒呑童子が斬りかかって来た。
 鋸刀と物干し竿が激しくぶつかり合う。
 力と力のせめぎ合い。どちらも一歩も引かず微動だにしない。
 酒呑童子の片手が柄から離れ、瞬時に桃の口元を隠していた布を剥ぎ取った。
 その一瞬、物干し竿の力が勝り振り下ろされたが、すでに酒呑童子は布を持ったまま飛び退いていた。
 酒呑童子は布の臭いを嗅ぐとすぐに投げ捨てた。
「やっぱり好い女だったな。まだ名前を聞いてなかったか?」
「ジパング一の絶世の美女――桃ねーちゃんとはアタイのこった!」
「お前が噂の女か。聞くよりもずっと美人だぜ!」
 鋸刀が力任せに薙ぎ払われた。
 物干し竿がそれを受けた。
「そっちこそいい男だよ、鬼にしとくのはもったいない!」
 こちらも力任せに物干し竿を振り下ろした。
 負けじと鋸刀が受けた。
「約束は覚えてるか、力ずくで妻にするって、なっ!」
 轟々と風を斬る鋸刀。
「おう、やれるもんならやってみな!」
 大地を割る物干し竿。
 二人の気迫を阻むことは誰もできない。雉丸が銃を抜くことも躊躇われた。
 地面を蹴り、宙を舞い、豪快に武器を振るう。
 戦いながら二人は移動して、自然と酒呑童子の部屋を出て、宴会が行われた大部屋にやってきた。
 ここで酒呑童子は愕然とする。
 家来の鬼が全滅している。
「情け容赦ない……おめぇらを信じていたのに、この仕打ちか! 鬼とてこのような卑怯な真似はしねぇぞ!」
「てめぇのやって来たことを棚に上げてんじゃねぇよ!」
 桃は言い返した。
 さらに雉丸も静かに言葉を吐く。
「時には無力な女子供まで手にかけ、若く美しい娘は連れ帰り……。腹違いとはいえ、これが俺の弟か、さらに俺はこの世に絶望した」
 この言葉に眼を剥いたのは酒呑童子のみならず、桃までも戦う手を休めてしまった。
 腹違いの弟?
 それは桃よりも酒呑童子のほうが衝撃だったかもしれない。
「どういうこった?」
 尋ねる酒呑童子に雉丸は深く息を吐きながら答える。
「そうかお前は聞かされていないのか。俺も八面大王の息子だ」
 しかし、雉丸の姿はどこからどう見ても人間。
 鬼の中には変化の術に長けているものもいるが?
 ここまで打ち明けたら、さらに話さなくてはいけないことがある。雉丸は桃に顔を向けた。
「桃さん、俺たちがはじめて逢ったときのこと覚えてますか?」
「どうだったかねぇ」
「重傷を負った俺を助けてくれたのは桃さんでした。あのとき俺は正体がバレて?人間?に追われていたんです」
 同じ父を持つと聞いても簡単に納得できる酒呑童子ではなかった。
「おめぇには耳も尻尾もねぇ、変化の術もそうそう長く化けれるもんでもねぇだろ。どこが親父の息子なんだよ?」
「八面大王は変化の術に長けていますが、見た目以外は母の血を強く引いたらしく変化の才能は皆無でした。できてもやはり長く化けれるものじゃないでしょう。俺の母は人間です、つまり俺は酒呑童子とは違って半妖でした」
「だから耳も尻尾もねぇのか?」
「見た目以外はと前置きした筈です。俺はちゃんとトラ耳と尻尾を持って生まれてきましたよ。だから耳と尾は自ら引き千切りました。しかし、一カ所だけどうにもならない場所が……この眼鏡って伊達だったんですよ、過去の自分を隠すための変装とでもいうんでしょうかね。そして……」
 雉丸は眼鏡を胸のポケットにしまい、さらに眼球に指を当てて黒いコンタクトレンズを外した。
「眼の色だけは変えることができませんでした」
 黄色く輝く瞳。その瞳は鋭い鬼そのもの。同じ鬼ならばなおのこと、それが鬼の眼だとわかるだろう。
 どちらでもない存在はどちらの仲間にも入れてもらえない。