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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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新説御伽草子~桃ねーちゃん!

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「いや……その……なんていうか……そうだ、きっと鈴鹿は心を入れ替えて善人になったんだよ、うん!」
「……まあいい」
 じとーっとした目で猿助を見ていた晴明だったが、深く追求せずに掴んでいた首根っこを突き放した。
 今は鈴鹿の話は置いておいて、邪気を放っている鬼の腕をどうにかしなければならなかった。
「とりえずその腕は僕の屋敷に運ぼう」
 この言葉のニュアンスは『お前らのどっちかが運べよ』といことだが、ポチは元々ヒマを持て余していたし、猿助も桃のことなどがあって、じっとしていると気が滅入りそうだったので、三人で晴明の屋敷に向かうことになった。
 宿屋からの道は晴明の乗ってきた牛車で進んだ。
 晴明の屋敷に来るのはこれで二度目。以前と同じ板の間に通された。
 祭壇に祀られている鏡はすっかり新しい物に変わっていた。
 床の上に鬼の腕が入った唐櫃が置かれた。
 腕組みをした晴明は少し考えた後、とりえず唐櫃に御札でも貼ってみた。
 処理がテキトーだった。
「まあ、とりえずこれでいいんじゃないかな」
 これで終わりかよ……みたいな目で猿助は見ていた。
「おめぇやることが雑じゃねーか?」
「雑じゃないよ、こうして置けば邪気は外に漏れないし、鬼だって簡単には開けられないんだからな!」
 感心しているのはポチだけだった。
「安倍たんすご〜い!」
 手を叩いてはしゃぐ姿は、やっぱり無邪気。
 さてと、用事も済んだし二人が帰ろうとしていると、この部屋に紫色の着物を着た切れ長の目をした女が入ってきた。
 思わず猿助が声をあげる。
「うほっ、美人のねーちゃん!」
 すかさず晴明が持っていた笏で猿助をぶん殴った。
「僕のママだよ!」
「晴明の母の樟葉(くすは)じゃ」
 紅色の唇から紡ぎ出された艶っぽい声。どこか妖々とした女だった。
 樟葉は床に置かれた唐櫃に近づいた。
「これは何じゃ?」
 晴明が答える。
「はい、鬼の腕を封じてございます」
「ほお、鬼の腕とな。ぜひに見てみたい」
「ダメです」
「見せてたもう」
「ダメったらダメです」
「見たい見たい見たい見たい〜っ!」
「ダメったらダメったらダメですぅ!」
 子供が二匹いる。
 駄々をこねる樟葉と同じように言い返す晴明。
 やっぱり親子なんだなぁと猿助は感心した。
 どうしても中身を見たい樟葉は強硬手段に打って出た。
 なんと、自分の首に短刀を突き付けたのだ。
「見せてくれないなら死んでやる!」
 慌てる晴明。
「うわっ、ストップストップ! 見せますから見せますってば!」
「本当?」
 愛くるしい瞳で樟葉は見つめた。
 仕方なさそうに晴明は御札を剥がして封を解いた。
 そして、唐櫃のふたを取った瞬間、樟葉が鬼の腕を奪って飛び退いた。
「この腕、返してもらったわよぉん!」
 その声は!?
 樟葉はバッと着物を脱ぎ捨てると同時に変化を解いて正体を現した。そこに現れたのは、なんと茨木童子だったのだ。
 茨木童子は奪い返した腕を元の場所に戻し、包帯をグルグル巻きにして固定した。
 この場で大ショックを受けている晴明。
「ぜんぜん気づけなかった……だって性格もママそっくりだったんだ」
 落ち込む晴明は放置プレイで、茨木童子は両手に嵌めた鉤爪を鳴らした。
「あの憎ったらしい女はいないみたいだけど、仕返しはちゃ〜んとさせてもらうわよぁん。ついでに安倍晴明の首も貰っていくわ!」
 落ち込む晴明、震えるポチ、仕方なく猿助が受けて立った。
「忍法隠れ身の術!」
 すでに戦うこと拒否。
 周りの背景に溶け込む布をかぶった猿助はじっと身を潜めた。
 が、いきなり蹴っ飛ばされた。
「なんでフローリングに石壁があんのよ!」
「ぎゃっ!」
 猿助はケツを押さえながら飛び上がった。
 どーしょーもなく役立たず。
 隠れ身の術に失敗した猿助は懐に手を突っ込んだ。
「こうなったら鎖鎌……がねぇ! しまった宿屋に置いてきちまった。だったらじっちゃんの形見のクナイ……もねぇ!」
 さらにどーしょーもなく役立たず。
 あまりの猿助のダメっぷりに茨木童子は攻撃を仕掛けることすら忘れてしまった。
「こんなのがいる一行に温羅が倒されたなんて……アレって誤報だったのかしらぁん?」
 メンバー内からも猿助は戦力外通知を受けてますから。
 ため息を漏らした茨木童子は猿助の横を素通りした。
「アンタめんどくさいから後回しにするわ」
 存在自体がめんどくさい。
 そして、茨木童子が立ったのはしゃがみ込んで震えるポチの前だった。
「こっちの可愛い仔犬ちゃんから頂こうかしら、おほほ」
 鉤爪をナイフとフォークのように鳴らし、茨木童子は艶やかに舌舐めづりをした。
 ポチは震えたまま逃げようともしない。
 焦った猿助が駆けた。
「ポチ!」
 叫んだときには遅かった。
 振り下ろされる鉤爪。
 とっさにポチが身を守ろうとして出した自らの腕が鮮血を吹いた。
 腕を押さえて泣きじゃくるポチ。
「痛いよぉ、痛いよぉ、うぇ〜ん!」
「次はどこを切り刻んであげようかしら?」
 迫り来る茨木童子。やはりポチは動けずにいる。
 猿助は茨木童子の背中に飛びかかった。
「てめぇよくもポチを!」
「キーキーうるさいわよっ!」
 鉤爪が猿助の頬を引っ掻いた。
 思わず痛みで猿助は茨木童子の背中から落ちて、頬を押さえながら床を転がり回った。
 すすり泣く声。
 肩をしゃくり上げながら震えるポチの背中。
 今まで役立たずだった晴明がやっと復帰した。
「……僕が落ち込んでいる間に……なんだこれは!?」
 激しい邪気が宙を泣き叫びながら飛び交っていた。
 驚きを隠せない茨木童子も襲い来る黒い風を鉤爪で追い払っていた。
「なんなのよこれ!」
 恐ろしい黒い風。
 鼓膜を振るわす咆吼があちこちから聞こえた。
 威嚇するような狗の鳴き声。
 黒い影を背負いながらポチがゆらりと立ち上がった。
「……許さないんだから」
 さらに黒い風が強く吹き荒れた。
「……許さない」
 邪気を口元に浮かべ振り向いたポチの体から、大量の黒い風が吹き出した。
 荒れ狂う黒い風。
 晴明が叫ぶ。
「逃げろ狗神だ!」
 咆吼で世界が震え上がり、黒い風が茨木童子に襲いかかった。
 形のない敵を相手に鉤爪を振るうが、逆に茨木童子の体はかまいたちに切られたように、いや、それよりも無惨な傷。鋭い牙で噛み千切られ八つ裂きにされる。
 全身から血を噴いた茨木童子は後退した。
「覚えてなさい!」
 キリキリと叫び声をあげて茨木童子は逃亡した。
 すーっとポチの全身から力が抜け、ゆっくりと床に崩れ落ちた。
 瞬きもせずすべてを見ていた猿助は、床に尻餅をついて股間からチビらせていた。
「あがっ、ああっ……あれ……なななんだよあれっ!」
 すでに黒い風は消えている。
 晴明はびっしょり汗を掻いて床に這い蹲った腰が抜けていた。
「オサルくん、ちょっと話があるんだけど?」
「な、なんだよ!?」
「あれは狗神と言って、とても強力な呪術なんだ。狗神というのはね、術者がちょっとムッとしただけでも、相手を八つ裂きにする恐ろしいものなんだ。わかるよね、これから絶対に彼を怒らせたらダメだからな、命がないぞ?」