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花束を

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 なんとなく、家で食事を作らなくなった。今までも、一人暮らしだったが、どういうわけかぴたりと料理を作る意欲が失せた。外食かコンビニ弁当の日々でも、気にならない。読んだ本が積み上げられた寝室兼居間で、ぼんやりとしていることが多くなった。時間の潰し方を忘れてしまったかのように、テレビもつけず、ただ、そこいらに転がっている本を読み直す。そして、時間が来たら、クスリを飲んで寝る。疲れているのに眠れない。だが、仕事があるから眠らなければならない。そのために、無理矢理に眠った。そんな日々が続いて、食欲もなくなった。
「食べないんですか? 」
 ぼんやりと駐車場のライトを眺めていたら、彼女は、すっかりと平らげていた。
「ああ、あんまり腹が減らないから。」
「とりあえず食べたほうがいいです。」
「え? 」
「もったいないじゃないですか。」
 ほらほらと、と、彼女に勧められ、もう少し口にした。その姿を眺めていた彼女は、口中で、「相変わらず、困った子だ。」 と、呟いた。彼は気づかずに、やっぱり、ぼんやりとライトの明かりを目で追いかけている。



 再び、クルマを走らせて、二時間もすると目的地に近いインターチェンジに辿り着いた。その後、彼女は眠っていたので、いろんなことを思い出していた。クスリで強制的に眠るまでの短い時間にも思い出していたことだ。以前は、騒がしかったのだ。自分の家は。だが、片方が老衰で亡くなって、それから三年して、またいなくなった。もう誰もいない家は、帰ろうという気にもならない。三年前も眠れなくて、三ヶ月はクスリで誤魔化した。
・・・・でも、まだ、あれがいて・・・助かっていたんだろうな・・・・
 人付き合いが苦手な私には、物言わぬ相手が相応しかった。ただ、傍らに居てくれるだけでよかったのだ。だが、誰もいなくなって、少しばかり感情が鈍くなった。もちろん、仕事をしている時は、ちゃんと対応しているが、ひとりだと感情が動くことがない。酒でも飲めれば、憂さも晴れるかもしれないが、生憎と下戸で飲んでも苦しいだけだ。一方的に八つ当たりもしたし、喧嘩もしたが、一緒に眠れば、どうでもよくなった。
「そこから、海岸のほうへ走ってください。」
 眠っていると思っていた彼女は、起き出して、行き先を言い出した。しかし、深夜も回った時間だ。こんな時間に出航する船はないだろう。
「けど、どこかのビジネスホテルにでも入ったほうがいいんじゃないの? 」
「いいえ、大丈夫。今なら、まだ船はありますから。それより大丈夫ですか? 休憩もほとんどしてないけど。」
「ああ、これくらいなら慣れてるから大丈夫。でも、この先は・・・・」
 大まかにではあるが、だいたいの地理は頭に入っている。船が出港するような港は、この辺りではないはずだ。だのに、彼女は、まっすぐに進めと言う。まあ、間違っていても、別に構わない。また、目的地まで走ればいい。土日のいい時間潰しにはなっている。
 

 しばらく走って、海岸へ出た。そこは、やはり砂浜があるばかりの場所で、港ではなかった。
「ほら、ここじゃないよ。」
「もう少し走ってください。今度は、北へ。」
 そこから海岸通りを北上した。すると、大きな港が見えてきた。そこへ入れ、と、誘導される。確かに、フェリーらしい船影が浮かんでいる。その近くまで走り寄ると、車を止めた。
「ここでいいの? 」
「はい、ありがとうございます。・・・・ひとつだけ質問してもいいですか? 」
「なに? 」
「大切なものがなくなったから寂しい? 」
「え? 」
「でも、寿命は誰にも等しくあって、それが尽きるのは仕方がありませんよ。」
「はあ? 」
 唐突に、彼女は意地悪そうな笑顔になった。今までも彼女とは、まったく違う。
「だいたい、いつもいつも、そうやって壊れていくのはどうなんだろうね? この子は。あたしが、またしゃしゃり出てこなきゃならないなんて、ほんと、しょうのない子だよ、あんたはさ。小さい頃からちっとも変わらないんだから。いい加減、浮上して、新しい相手を貰えばいいだろうに。」
 途中で口調が変わった。そして、その姿が小さくなって、三年前に老衰で亡くなった猫の姿に変わった。二十年を超えて付き合った猫は、私が高校生だった頃からの付き合いだった。私にとって、その猫は姉みたいなもので、生前から頭が上がらなかった。
「・・おまえ・・・」
「ほんと、しょうのない子だよ。そんなに嘆いたら、心配で成仏もできなくなるんだからね。」
 二十数年生きた猫は、とても頭が良かった。それが冷たくなった時も、どうして化け猫なのに死んだりするんだ? と、真剣に呟いたが、真実、化け猫にはなっていたらしい。
「じゃあ、ずっと居ればいい。」
「バカっっ、このおバカさんは、相変わらず、おバカさんだ。」
「あれは? 」
「あれも心配して成仏できないから、あたしが代わりに来たんだよ。あれは、十三年しか生きなかったから、化け猫にはなれなかったのさ。」
 その猫が存在することが嬉しくて、私は抱き上げようとした。しかし、するりと逃げて、手の届かない場所に座り込んだ。
「触るんじゃないよ。いい年なんだから、しっかりしてくれないと困るって言ってるだろ。」
「誰も居ない家に帰るのは辛いんだ。」
「だから、新しい猫を貰っておいで。また、二十年、そいつと生きればいい。そしたら、あんたも迎えが来るさ。」
 二十年したら、私は六十になっている。確かに、お迎えが来てもおかしくない年齢だ。
「迎えに来てくれるのかい? 」
「はあ? あんた、あたしに、まだお守りしてもらうつもりなのかい? 」
「まあ、できれば。たまに、出てきてくれると、なお嬉しい。」
「無茶は言うもんじゃない。今回は、特別。あの花束は、あれからのお礼なんだ。早くいなくなって、すいませんってさ。」
 先代の猫が二十数年も生きたので、十三年で別れることになるとは思わなかった。たぶん普通の人は笑うだろう。たかが猫が死んだからと眠れなくなる私は、おかしい人に違いない。だが、私は元来、人間嫌いだから、猫が居てくれるだけで十分なのだ。
 この間、亡くした猫は、手に乗るほど小さい頃から育てた。本当に、子供のように育てた大切なものだった。猫の寿命は長くても二十年。どうしたって、私より早く亡くなるのは承知しているが、どうしても別れは辛い。感情を鈍らせて、その辛さを凌ぐぐらいしか私には、どうすることもできない。
「・・・・ごめん、と、伝えてくれる? 最後の瞬間に傍にいてやれなくて、ごめんと言いたかったんだ。」
 家に帰ったら、冷たくなっていた。だから、寂しく逝かせてしまったことが辛かった。もっと大切にしてやればよかったと、何度も思った。そう口にしただけで涙が出た。四十を過ぎたいい大人が情けないとは思うが、止められない。
「わかった。伝えてあげる。あーあーいい年なんだから泣かないの。ほんと、あんたは、困った子なんだから。心配しなくてもいいから、あれは、ちゃんと成仏できる。また生まれ変わったら、あんたのところへ行くかもしれない。だから、ちゃんとしなさい。」
「・・・うん・・・・」
作品名:花束を 作家名:篠義