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花束を

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贈るに相応しいものというのがある。例えば、子供や老人にはお菓子、男性陣なら酒、女性陣なら花といったふうに、だいたい決まったものがある。
 そして、自分の前に差し出されたものは、立派な花束だった。差し出した相手は、まったく記憶にない女性だ。
「貰ってくださいませんか? 」
 快活に、そう差し出されたものは、色とりどりの花で作られた大きな花束で。さすがに、男の私が持つには派手だった。例えば、ここが空港や駅だったら、様になっただろう。旅立ちに際しての餞なら、それらしい。しかし、ここは、高速道路のサービスエリアで、公衆トイレを出たところだ。
「えっと、何かの勧誘? 」
「違います。これ、友人たちに貰ったんですけどね。持っていけないんで、誰かに差し上げたいと思ったんです。」
 よくよく、話を聞いてみたら、彼女はこれから郷里へ帰るところだそうだ。それも、最近では珍しいヒッチハイクで。さらに、乗り継いで船に乗らなければならないらしく、途中で花は枯れてしまうことを心配した。
「・・・だから、できれば、枯れないように差し上げられたら・・・と、思って。」
「なぜ、私なのかな? いいおじさんに花束なんてさ。」
 四十を越えた私は、その女性からすれば、すっかりおじさんで、渡すには相応しい相手ではないだろう。すると、彼女は、少し困った顔をしてから、「寂しそうだったから。」 と、応えた。
高速のサービスエリアの人混みというのは、遊びに行く人間か、働いている人間ばかりなわけで、悲しそうな顔や寂しそうな顔の人間というのは極端に少ない。乗り継いだトラックやクルマの持ち主にも、一様に差し出したが貰ってはくれなかった。それで、とりあえず、これを貰ってくれる人を探してみようと、サービスエリアのベンチに落ち着いた。
「最初は、幸せそうなカップルか家族がいいな、と、思ってたんですけどね。」
 最初は、そのつもりで、そういう人たちを探していた。しかし、そういう人たちは、そういう人たちだけで空気が纏まっていて近寄り難いことがわかった。さて、どうしたものか・・・・何なら、サービスエリアのスタッフにでも・・・・と、思案していたら、少し離れたところに停まった白いクルマから、彼が降りてきたのだ。とても肩ががっくりと沈んでいて、なんだか、心ここにあらずといった風情だ。何より、その表情が寂しそうだった。だから、この人にしようと決めて、トイレから出てくるのを待った。なんだか、花を渡したいと思ったんです、と、彼女は説明をしてくれた。


 そう説明されて、私は苦笑した。誰も自分なんて見ていないだろうと、確かに油断していた

「ところで、どこの港まで行くの? 」
「ああ、まだ、ずいぶんと先です。」
 五百キロほど先にある港を、彼女は告げた。急ぐ事はないから、のんびりヒッチハイクしていくつもりだと言う。
「あの、よかったら、その花のお礼に送らせてくれないか? ただし、あまり五月蠅くされるのは苦手だから、できたら、後部座席で寝ててくれると有り難いんだけど。」
「どこまで行かれるんですか? 」
「・・・目的地は別にないんだ。ただ、クルマを走らせたかっただけで出て来たから。えーっと、別に下心とかないんで、あなたさえよければだけどね。」
「助かります。じゃあ、これ、受け取ってください。」
 そして、私は花束を受け取った。それを助手席に載せ、彼女には後部座席を提供した。目的地は、五百キロほど先の港だから、休憩も含めて六時間ぐらいのドライブだ。別に、それほど大変な距離ではない。まだ出てきたばかりだったし、いつも、六時間ぐらいは、ノンストップで運転できる。まあ、二時間ごとに休憩していけばいいだろう。
「ん? でも、船のある時間につくかな? 」
「さあ、そこまではわかりません。なければ、そこで野宿でもして、次の日に乗ります。」
 はきはきと、彼女は答えて、注文通り、後部座席に横になった。邪魔にならない程度の音楽をかけて、サービスエリアを走り出す。最近の若い人にしては元気だな、と、思いつつ、ドライブに集中する。集中はしていても、頭は違うことを考えている。寂しそうだと、私は思われていた。確かに、私は寂しいのだと思う。ただ、それを表に出すのは躊躇われる年齢になっていたし、友人たちとに告げると、煩いから逃げてきた。だから、彼女は正しい。
「・・・この花束、私が、どうしても怒らない? 」
「え? 」
 たぶん、私はそうするだろう。けれど、せっかく貰ったのに、多少、悪いとは思ったので、尋ねてみる。
「あの、たぶんなんだけど・・・これ・・・海へ流してやりたいんだ。」
 穏やかに聞こえるように、淡々と告げた。すると、彼女は、少し間を空けて、「かまいませんよ。」 と、静かに答えた。
「差し上げたのだから、あなたのお好きにしてください。理由は、その寂しい顔に関係あるんでしょ? 」
「・・うん・・・あるね。花なんて買えないおじさんとしては、これは、有難い贈り物ではあったよ。ちょっと格好をつけてみたくなった。」
「貧乏なんですか? 」
「ああ、そういう意味じゃないんだ。草臥れたおじさんが、花屋に行くっていうのは、かなり勇気が必要なんだ。」
 結局、私は、近くのホームセンターで安っぽい花を買っただけだった。たくさん買おうと思ったのに、頭が働いていなくて、溢れるほどではなかった。もう、改めて用意しても間に合わない。せめて、流れて辿り着けばいいな、と、ちょっと思ったのだ。
・・・本当は、大きな百合を、たくさん入れてやりたかったな・・・・
 箱だって、スーパーのりんごの箱だった。最後なのに、なんてしみったれた箱だったんだ、と、悔いばかり残っている。
「花束抱えたおじさんって、お洒落だと思うけどなあ。」
「・・ははは・・・似合う人ならね。でも、私には似合わないし、何より、花の種類だってわからない。」
 きっと、私は、「白い花をたくさんください。」 としか言えないだろう。
「私も知りませんよ。」
「おじさんよりはマシだ。」
「そうかな? 似たようなものだと思うけど。」
 そんな調子で、ぽつりぽつりと会話したり、無言になったりして、気づいたら、三時間経っていた。さすがに、一度、休憩したほうがいいだろうと、声をかけたら、「そうしてください。おなかが空いた。」 と、答えが返ってきた。




 サービスエリアで、互いに食券を買って空いたテーブルに座った。すっかりと、夜になっていて、駐車場のライトの流れが綺麗だ。一応、付き合うつもりで、うどんを買ったものの、さほど食べるつもりにならなくて、適当に、二、三本手繰り寄せていたが、彼女のほうは、パンとラーメンを元気良く食べている。
作品名:花束を 作家名:篠義