小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

黒蝶の鱗粉

INDEX|4ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

――ぐえぇぇぇぇ!
 口にした量を遙かに超える嘔吐物が飛び出してきた。腐ったあの耐えられない程に不味い味が嘔吐物が口を通ることで再現され、更に吐き気を催した。
 全て吐き終わった後、喉の奥に何かが引っかかったような異物感があった。どうにかしてそれを吐き出し、何だろうと手に取ってみると……
 それは……爪だった。
 もう、驚く気力すらなかった。
 朦朧としながら学校までの道のりを歩いて行った。こんな日ぐらい学校をサボればよかったものだが、そんな当たり前の判断すらできなかった。そこに思考は存在しない。体に刻まれている生活のリズムをただ無意識に追うことしかできなかった。
 教室に着くと、すぐに自分の席につき、机に突っ伏した。もう何もしたくない。授業なんてどうでもいい。そう思いながら、授業が始まっても、突っ伏したまま。教師から注意されても完全に無視した。教師に叱られるぐらいどうってことない。自分に降りかかっている災難に比べれば些細なことだ。
 そんな俺の様子に友人達は心配したのか、次々と声をかけてくるが、今の俺にとってはウザい以外の何ものでもなく、完全スルーを決め込んだ。
 昼休みになった。
 皆は待ちに待ったとばかり、昼食にありつき、満腹感に満足する。しかし、俺にとっては拷問でしかない。ただ、朝食や昼食と違うのは、食べることを拒否できることだ。朝食は、目の前に食べ物があったから拒否できなかった。でも昼食は購買部に行ってパンを買わなければ食べることができない。つまり、買わなければいい訳だ。昨日のコロッケパンを思い出しながらの、同じ思いをしなくていいという安堵感に包まれていた。
 でも、昨日から食べては吐き、食べては吐きの生活をしている。食事を摂ることに嫌悪感があるとはいえ、体は正直だ。強烈な空腹感が俺の全身を駆け巡った。
 俺の中では、食事を拒否する精神と、渇望する肉体とが壮絶な戦いを繰り広げていた。俺はただその戦いを眺めるのみ。何もできなかった。
 そんな緊迫した最中、俺のことをしつこく呼ぶ奴がいた。
 佐藤だ。
 奴は、霊とかそういうオカルトの本ばかり読んでいる、マジでウザい奴だ。何でもかんでも霊の仕業だと言う。テストの成績が悪くなっても、恋愛で失敗しても全て霊のせいだという。そんな奴がよりによってこのタイミングで話しかけてきた。
「三浦君? ご飯食べられないんでしょ?」
 思わず振り向いてしまった。どうして奴が知っている。そんな思いから、佐藤をまじまじと見つめた。
「どうして知っているんだ! どうして!」
 佐藤に詰め寄りながら聞く。俺は佐藤を見つめながら次の言葉を待った。
「だって、憑いてるから……霊が……」
「こっちは必死なんだよ! お前の与太話につきあう余裕なんてねぇんだよ!」
 俺は佐藤を思いっきり蹴り飛ばした。その場にうずくまる佐藤。俺は、この苦しみをオカルトのネタにされたことに激しい怒りを感じた。
「何でもかんでも霊のせいにしやがって! お前許さん!」
 倒れている佐藤の上に乗り、更に胸ぐらを掴みながら顔を思いっきり殴った。そこまでする必要はなかった。でも、これまでの鬱憤を佐藤で晴らそうとしたのかもしれない。友達から止められるまで殴り続けた。
 気づくと、佐藤の顔は血だらけになり、頬や目の下などが腫れており、見るも無惨な姿になっていた。しかし、俺にとってそれはどうでもいいことだった。俺はそれ以上の苦しみを味わってきた。この件とは関係のない佐藤だったが、奴が苦しめば苦しむ程、俺の気持ちが晴れてきた。ストレスが極限になっていることで、人を傷つけるという理不尽な加虐的な行為を求めてしまった。
 でも、俺はそれでもいいと思った。オカルトかぶれの佐藤が相手だ。いつも奴の言動にはイライラいていた。ここぞとばかり奴をいたぶることに終始したのだ。
 教師が側まで駆け寄り、俺と佐藤を完全に引き離した。そのまま俺は職員室に連行された。
 教師二人、生徒指導担当だか知らないが、担任と一緒に俺に罵声を浴びせかけた。今の俺にとって、そんなもの痛くもかゆくもない。ウジを食べさせられるイライラが解消されたんだ。こんな説教くらい我慢してやるよ。
「ちょっと勘弁してくださいよ〜反省してますって。もうしませんから、許してください」
「何を言っているんだ。佐藤は怪我をしているだぞ。謝って済む問題じゃない」
 生徒指導担当の教師が親を呼び出すとか言い出しやがった。それだけは勘弁だということで、拝み倒そうとした。でもどうも風向きが悪い。あの暴力親に知られたら、殺されるまで殴られるかもしれない。ウジを食べさせられるよりも悲惨な状況が想定できた。俺はそれから粘りに粘って、厳重注意にとどめることに成功した。決め手は土下座だった。泣きながら土下座するのを見た佐藤が、教師達に許してあげてほしいと言ってくれたのだ。
 佐藤に助けてもらったのは釈然としなかったが、事なきを得たということで、ほっと胸を撫で下ろした。しかし時間は夕方。すでに全ての授業が終わり、友達はみんな部活を始めていた。
 今日も俺は部活をやる気になれなくて、そのまま家に帰った。
 家に帰ったら、すぐに腐臭が鼻についた。……そうだった。恐怖の晩飯タイムだ。
「わりぃ。飯、賢治と食べてきた。腹一杯だから、晩飯はいらね」
 しかし鬼母をそう簡単に攻略することはできなかった。
「今日はうまいチキンなんだよ〜いくら腹一杯でも食べてもらうからね。高かったんだから」
「俺の分まで食べていいから……」
「お前が好きなチキンじゃないか。お前のために買ってきてやったのに、何だその言いぐさは。腹一杯なのは今のうちだけだって。一口食べれば最後まで食べたくなるから……とにかく用意するから食べろよ!」
 逃げられないのか……落胆しながらも、少しでも現実逃避をするために、自分の部屋にこもった。映画のレビューを書くためだ。今の俺はこれしか楽しみがない。
「ふう」
 パソコンデスクについた途端、どっと疲れが体を襲った。一番リラックスできる場所についたからだろうか。とにかく全てを忘れたい。何かに没頭したい。レビュー書きだけは俺を裏切らない。確実に俺を満足させる。確固たる信頼があったからこそ躊躇なくパソコンを立ち上げることができた。
 ウインドウズのロゴが現れ、壁紙に画面が切り替わった。インターネット・エクスプローラーを立ち上げ、俺のブログにアクセスした。管理画面に入ってブログを書き込むページにアクセスした。
 さて、どの映画のレビューを書こうかと思案していると、あの悪夢がフラッシュバックした。そう、パソコンの画面から大量のゴキブリと腐った腕が飛び出したあの場面だ。昨日もレビューを書いていたときに飛び出したのだ。
 今にも腕が飛び出してくるのではないかという恐怖感で心拍数が急激に上がっていった。俺のパソコンはノート型だ。画面を閉じれば勝手に休止状態になる。俺は勢いよくパソコンを閉じた。そしてのけ反るようにしてパソコンから体を遠ざけた。
 唯一の安らぎが……それすらも恐怖の対象になる……俺に襲いかかる虚無感は計り知れないものだった。呆然とその場に立ち尽くすと、母親の地獄へ誘うあの言葉が耳に届いた。
作品名:黒蝶の鱗粉 作家名:仁科 カンヂ