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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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黒蝶の鱗粉

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 学校では授業どころじゃなかった。俺の周りはいつものような変わらない日常。でも俺は日常から大きく脱線した。狂った世界に迷い込んだんだ。どうしてこうなった。どうしてこんな目に遭わなくてはならないんだよ……ん? 夢? そうだ夢だ。悪い夢でも見たんだ。そうだよ。そんなことあり得るわけないもんな。
 自分の中で不思議な出来事の辻褄があったことから気持ちが明るくなった。さて昼ご飯を食べよう。今日も購買部のコロッケパンだ。
 友達の賢治と一緒に購買部に並ぶ俺。大人気のコロッケパンを俺の素早い身のこなしでどうにかゲットして教室に戻った。
 賢治と一緒にコロッケパンを食べる。なんか無性に腹が減っていた。朝食を全部吐いたから? いいやあれは夢なんだ。だからそれが原因ではない。……何が原因でもいい。とにかく腹が減っているんだ。コロッケパンを食べるぞ。
 と勢いよくほおばったら、嫌な食感がした。あの忘れてかけていたプルンとするあの食感。俺は怖々一口食べたパンを見た。
 ……ウジだった。
 あれは夢じゃなかったのだ。現実だった。そして例の如くウジを食べる動きが止まらない。コロッケパンのコロッケの中いっぱいにウジが入っていた。よくみるとコロッケがボコボコと気持ち悪く動いている。それを勢いよく食べる俺。もう止められなかった。
 食べ終わるまで、口の動きが止まらない。食べ終わった途端、強烈な吐き気が襲う。そして食べたもの以上に嘔吐する。それだけではなかった。次第に食べ物に腐臭が漂っていることに気付いてきたのだ。新鮮な料理でも、蠅がたかり、ウジが這い、何故か腐ったような酸っぱい臭いが鼻腔を通る。
 でも、それが見えるのは俺だけ。他の奴らは美味しい料理を美味しそうたに食べる。そんな光景を目の当たりにする度に強烈な孤独感を感じた。
 そんな地獄のような時間を必死が我慢して、下校時間を迎えた。部活があったが、今日は非常事態だ。真っ直ぐ家に帰った。
 母親には晩ご飯を友達と食べたと告げ、食卓を通り越して自分の部屋に直行した。ご飯を食べる気になれなかったからだ。
 今日は嫌なことばかりだった。とにかく楽しいことをしたかった。まずはパソコンを立ち上げて映画のレビューを書くことだ。俺のブログに来る常連さんと会話して気持ちを和ませよう。そう思いながらパソコンに向かった。電源をつけて、ブログを開いた。まだ書いていない映画のレビューを書き始めた。
 無心で書いた。やっと訪れた安らぎのひととき。俺はほっと胸をなで下ろしながらレビュー書きに没頭した。
 暫くして、パソコンの画面が膨らんできた。なんか汚れがついたのかなと思いながらそれを触ると、その膨らみがかさかさと音を立てながら動いたのだ。
「うわ!」
 思いも寄らぬ動きにびっくりして、身を引いた。すると、その膨らみが更に大きくなり、画面から飛び出した。よくみると……それは
……ゴキブリだった。
「ぎゃーーー!」
 いきなりの出来事にびっくりして叫んでしまった。するとその声に呼応するかのように画面から次々にゴキブリが飛び出してきた。数にして数十匹。
 しかし、それだけで終わらなかった……
 画面から……
 画面から……
 肘から先が千切れている腕が……飛び出してきた……
 異臭を放つその腕は、腐っているようにも見えた……
 そして……その腕が……俺の……手首を……ギュッとつかんだのだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
 俺は気絶した。


【三日目】

 目が覚めると朝だった。学校の制服を着たまま、机に座った状態で寝ていた。寝ぼけ眼で辺りを見渡し、ベッドで寝ていなかった状況を理解しようとした。
 思い出した。パソコンの画面から……一体あれは何だったのか。パソコンの画面から何かが飛び出すなんて信じられない。ましてや人の腕が飛び出すなんて……俺は常軌を逸する出来事をどう理解すればよいのか困り果てた。
 ……そうだ。夢だ。夢に決まっている。あの腕を見てからの記憶がない。多分、あの腕を見たところで夢が終わったんだ。俺は疲れていたからな、レビューを書きながらいつの間にか寝てしまったに違いない。そう考えるのが俺の中で一番自然だった。
 俺の中で辻褄が合うことで、落ち着いてきた。同時に腹が減ってきた。そういや昨日は何も食べることができなかった。
 ……ん? 何か大事なことを忘れているような……
 でも、別段それが何なのか追求する気にはなれなかった。細かいことは気にしたくない。それが今の俺の心境だった。
 シャワーを浴びて、制服に着替えた後、食卓に向かった。いつものおいしそうな匂いが……しなかった。
 この臭い……何かが腐った臭い。まさか……
 そのまさかだった。今回は、昨日よりも更にひどくなっている。
 茶碗に盛られているはずのご飯は姿を消し、その代わりにウジが山ほど積まれていた。そのウジが茶碗からこぼれることなく、ウネウネと動いている。味噌汁は、卵とウジで溢れかえっており、卵からウジ、そしてサナギになって蠅になる。その蠅が味噌汁に卵を産むというサイクルが目まぐるしく繰り返されている。
 それだけではなかった。よく見ると、味噌汁の中に蠅以外のものが入っている。無意識にそれを箸で取ると、それは……指だった。
 指の第二関節にあたる場所が千切れており、骨や肉がむき出しのまま味噌汁を漂っている。その指の中にウジが入り込んでいて、凄い勢いでその指を食べていた。
「あ……あ……かぁ……」
 最早何も言葉が出なかった。驚きを通り越して、脳細胞が破壊されるような衝撃が頭の中を駆け巡った。目の前のものを強烈に拒絶したいにもかかわらず、手は勝手にそれらをつかみ、口に運ぼうとする。口は、運ばれたものを待ってましたとばかりに勢いよくかみ砕き飲み込もうとする。心とは裏腹に、勝手に動くその体に戦慄を覚えつつ、恐怖と嫌悪感が全身を駆け巡った。
 エビのような食感で中から酸味のきいた汁が口の中に広がっていく。ウジをかみ砕いた時の感覚だ。かみ砕く瞬間まで動き回り口の中を刺激する。しかし、暫くすると違う食感が飛び込んできた。
 外側はかみ砕きにくい薄い皮があり、中はパサパサした腐臭を伴うひどく不味い肉が入っている。完全に腐っていた。その肉は骨付きの肉で堅く、皮膚の表面も骨のような堅い欠片があった。それを目にしなくてもそれが何なのか察しがついた……さっきの指だ……
 千切れた指を見るだけでもどうかあるのに、それが腐っていて、その上それを食べさせられる……俺の常識で捉えられる範囲を明らかに超していた。
 俺の精神が崩壊寸前になったことで、その影響が体にも表れた。体が細かくけいれんし始めたのだ。息も途切れ途切れになり、過呼吸気味になってきた。
 しかし、相変わらず、ウジや腐った指を口に運ぼうとする俺の手の動きやそれを食べようとする口の動きは止まらなかった。最早諦めるしかないと思い、一連を動きを受け入れることにした。早く食べ終わってほしい。その思いのみだった。
 やっと食べ終わった俺は、ふらふらしながら学校に向かう準備をした。途中何度も吐きそうになりながらも家の中だということもあり、なんとかこらえた。
 しかし、家から出た途端、我慢できなくなり、
作品名:黒蝶の鱗粉 作家名:仁科 カンヂ