篠原 求婚2
「あのね・・・僕、もう少しだけ、ここで生きていたいんだ。だから、もう少しだけ、我
が儘を言うことを許してくれる? ・・・雪乃が傍にいないと、うまく生きていられない
んだよ。毎日じゃなくてもいいから、たまにでもいいから、傍にいて。・・・なるべく早
く用事は済ますから。できる限り早く終わらせて、雪乃を解放できるように努力する。」
一気に言い終えて、彼女の顔を見たら、怒っていた。それはそうだろう。あまりにも、
自分勝手だと思う。飽き飽きして離れていこうとしている相手に、我慢しくれ、と、頼ん
でいるのだ。しかし、彼女の答えは違っていた。
「あなたには、大切で大事にしている妹がいるじゃない? あの子に支えて貰えば問題は
ないでしょ? 」
「愛ちゃんに? 」
「そうよ。愛ちゃんが大切なんでしょ? 」
なぜ、怒っているのだろう。確かに妹は大切だが、彼女とは存在の意味が違う。そんな
こと、わかっているだろうに。
「支えて貰えるわけがないよ。だいたい、愛ちゃんは、自分の種族から強制的に放り出さ
れて一人なんだ。あの子が、ここで暮らしていくのに、家族代わりになるのは、当たり前
だろ? ・・・あの子が、この星の人と上手く馴染んでくれるまで、護ってやりたいだけ
だ。そんなこと、わかっているじゃないか。」
「それにしては熱心すぎないかしら? 」
「どうして、そんなこと・・・それが、雪乃が離れていく原因になってるの? 」
「そうね。」
きっぱりと言い切られてしまうと、言葉が途切れた。妹との接触を無くすことはできな
い。妹は、妹であって、それ以外ではない。たぶん、妹も、籍を作った時に、暗に、その
ことに気付いたはずだ。ある意味、難癖をつけられているようなもので、これでは意味が
ないだろう。たぶん、雪乃は、この星に居ることに飽きたか、長年の僕の世話に嫌気がさ
したのだろう。それなら、どう頼んでも聞き届けてはくれない。二十年という時間が、雪
乃に取って、どれほどの長さなのか、よくわからない。だが、それほど長い時間ではない
。だから、後五年だけ、傍にいて欲しかった。
「もういい。」 と、言ってしまったら、全てが終わる。
「雪乃が、どう言っても、愛ちゃんは、妹で、護ってあげたい。・・・会うな、と、言わ
れても、それは無理だ。」
「わかっているわ。」
「それなら、どうしたらいいの? 僕が、どうしたら、雪乃は我慢してくれる? 」
「我慢はしたくないわ。」
本当は、さっさと、ここから連れ出したいのよ、と、彼女は苦笑する。そして、少し沈
黙して、「あなたを殺したいほどよ? 」と、首を傾げて笑う。
「殺したい? 」
「そうよ。こんなちっぽけな星で、その壊れかけた身体で辛い思いなんて、させたくない
の。この星で生存できなければ、あなたには文句の言いようもないでしょ? でも、あな
たが思うことがあるから、私は待っているのよ。」
「だから、それを・・・少しだけ。」
「きっと、また、苦しむのよ? それでもいいの? 」
精神的に助けてはもらえても、身体的には無理がある。ただでさえ、壊れかけているポ
ンコツな身体だ。それを見たくないのだと、彼女は言う。
ああ、そういえば、夜中に発作を起こして・・・あれから、雪乃と会わなくなったな・
・・あれも原因なんだ・・・
「ごめん、イヤな気分にさせて・・・なるべく見せないようにするから。」
「そうじゃないわっっ。あれは、私が・・・私が、あなたの肺から空気を抜いたのよっっ
。あなたが、妹を大切にしてばかりいるから、腹が立ったのよ。」
唐突に、告げられたことが、理解できなかった。自分が本当に殺されかけたのだと、分
かるまで、少し時間がかかった。
「あの、雪乃。」
「だから、距離を置いたのよ。このままだと、嫉妬で、あなたを殺しそうだったから。」
「嫉妬? 僕に? 」
そんなこと、少しも考えたことがなかったから、唖然とした。彼女は、とても年上で、
冷静な人だとばかり思っていた。べったりとした関係なんて好まないとばかり思っていた
。
「あなたと愛ちゃんによっっ。」
「え? だって、僕らは、別に何も・・・」
兄妹として、一緒に外出することあっても、別に、それに別の感情が加わったことはな
い。食事したり、買い物したり、そんな日常的なことだ。たぶん、妹が、この場にいたら
、「雪乃のほうが、とんでもないことをしているでしょっっ。」と、反論しただろう。
本音を吐き出したら、彼は笑った。嫉妬以外のなにものでもない。そんな気持ちを募ら
せていたことすら、彼は気付いていなかった。びっくりした顔をして、それから、ゆっく
りと頬を緩めていった。
「じゃあ、妹より近しい存在であれば、嫉妬しない? 」
少し微笑んで、彼は立ち上がった。
「なに? 」
「ちょっと待ってて。渡したいものがある。」
トントンと軽い音をさせて、階段を上っていく。嫉妬した醜い顔を見せたのに、彼は、
それを驚きはしたものの、受け入れた。パタンと二階の、どこかの部屋が開く音がした。
目の前には、彼が煎れてくれたお茶がある。そして、その隣りには、すっかと温くなっ
たビールだ。それを取り上げたら、かなりの量が残っていた。半分くらいだろう。
以前は、これ、一本は軽く飲んでいた。彼の先輩が酒の付き合いにも慣れるように、と
、練習させたからだ。最初の一口は、おいしいが、二口目からは、苦くてまずい、という
のが、彼の感想で。仕事の付き合いで、どうしても飲まなければならない時にしか、口に
しなかった。
どうして、こんなものを飲んでいるのだろう。嫌いなはずなのに。少しは、この苦みが
おいしいものだと感じられるようになったのだろうか。
それを考えていたら、また、軽い音が階段に響いた。
「とりあえず、これ。」
差し出されたのは、小さな紙袋だ。
「これは? 」
「契約の証になるんだって。・・・この間、ちょっと熱を出して・・・お母さんに言われ
たんだ。僕は、雪乃がいないと生きていけないだろうって。だから、雪乃が離れていかな
いように、縛りなさいってさ。」
「え? 縛る? 」
とんでもない言葉を、すらりと口にした彼は、「うん、縛るんだよ。」 と、もう一度
頷いた。
「この星にいる間だけ、雪乃が離れて行けないように、この星の法律で縛ることはできる
。・・・まあ、それだって、契約するだけだから履行されるとは限らないけど。でも、雪
乃が、僕と愛ちゃんの関係に嫉妬するというなら、十分に効果は期待できそうだ。」
手に乗せられていた、小さな袋を、視線で促されて開いた。小さな箱が、綺麗に包装さ
れている。
「これは、その契約の証? 」
「うん、麟さんに相談したら、これを渡して、『傍にいて欲しい』と、言えばいいって、
教えてくれた。・・・でも、それでは正確ではないから、言い直す。・・・僕が、この星
で生きていられる間だけ、雪乃に傍にいて欲しい。もし、この星で生きていられなくなっ
て、それでも、雪乃が僕を傍に置きたいというなら、そこからは、雪乃が好きにしたらい