千夜の夢
23.手を繋ぐ
初めての屋外デートというやつだ。この日オレ達は初めて2人で外出した。と言っても、名目上は息子である士の代役に買い物のお供をするというものだったが、そこは気にしない事にしよう。街中で見るあなたはとても新鮮で、街の景色も行きかう人々も急に色を失った。またオレにこんな恥ずかしい事を考えさせるくらい、あなたは輝いて楽しそうだった。
「冴・・・ッあれはなんですか?」
子供のようにはしゃいでどんどん先へ歩いて行ってしまう千笑をハラハラしながら追いかけた。やっと追いついたかと思えばまた次なるものへと駆け出す。しかし、小さな子供だってあんなにはしゃぎはしないだろう。
―郵便局見たくらいじゃ・・・。
「ねぇ、ちょっと・・・つかぬ事を伺うけども、あの脱走事件を除くと何年ぶりなの?その・・・街に出るのは」
「こんな風に自由に出掛けるのは…日本に戻ってきてから2度目ですね。あれは士さんが生まれる前だったので15年位前で、」
「ちょっと?!それ、本気?」
「えぇ。結婚前に1度だけ」
「ぁ、そうなんだ。うん、いいよ・・・見物続けて」
言うと千笑は並ぶ建物一つ一つに関心を示しながらゆっくりと街路を辿った。千笑は植物にとても詳しかった。並ぶ街路樹やプランターの花々すべての名を冴に教えながら歩いた。中には冴の知っている名前の花もあったが、殆ど耳馴染みのない名前ばかりで、右から左へと流れて出て行ってしまった。花よりも、花の名よりも、嬉しそうに笑っている千笑の姿だけで意識は満たされる。他の何にも気は回らなかった。
「ところで千笑さん。今日の目的は覚えてる?」
「ぁ、はい!新しいコーヒーカップを買い求めに!」
「このままじゃデパートに着く頃には日が暮れちゃうと思うんだ」
「あぁ!!そうですね!はい、行きましょう!」
しゃがみ込み花屋の小さな鉢植えを眺めていた千笑は焦って立ち上がった。
「いつでも来たい時に来れるでしょ・・・これからは」
そう言うと、嬉しそうに笑った。
20分程歩いて、目的の場所まで着いた。上條家お付きの木下氏が車を出すと言い張っていたが、千笑は持ち前の頑固さで長引いた争いを勝利に導いたのだった。普段篭りがちで殆ど体を動かす事の無い千笑には少しでも歩く事は良い事だと思った。一緒に誰かが付いていれば、もし体調を崩しても対処出来る。その一緒に居る“誰か”がいつでも自分であればと思ってしまう。そう思う人間が、この世にはもう一人居るはずだ。冴の最大の恋敵にして、最良の親友。
「冴、食器類は5階だそうです」
「ん、あぁ。ごめん、ボーっとした」
「たまに入りますよね」
「なに?」
「Sea of idea.」
「ぅお。流石に発音がスバラシイね」
「意識してないとつい英語が飛び出すんですよ、本当は」
「聞いたことないけどな?」
「意識してるんです」
そう言って覚束ない足取りでエスカレーターに足を踏み出した。キョロキョロして落ち着かない千笑に「ちゃんと掴まって」と、冴はまるで保護者のように言った。
5階に着くと千笑は更にはしゃぎ回った。食器やインテリア雑貨のフロアは千笑にとっては天国らしい。こんなに見るのが好きならば、今まで買い物に出られなかったのはかなりのストレスだったに違いない。女性は一様にしてショッピングというものが好きだ。あちこちと目移りしては戻って来て、また違うところへと忙しなく動き回っている。
「千笑さん、落ち着きましょう」
「これが落ち着いていられますか!」
―キラキラした目ってきっとこうゆうのだ。
冴は苦笑いを浮かべながら黙って後について行った。
満足いくものを手に入れた千笑はニコニコしながら店を出た。「見てるだけで不安だ」と冴に荷物を取り上げられたので、少し手持無沙汰にしている。今まで外出なんてしなかったので、鞄なんて持っていない。それでも、どこか洗練された千笑は格好良かった。綺麗なインディゴのジーンズに白くて体にぴったりのTシャツを着て、その上から薄い秋物のトレンチコートを羽織っている。上着を着ていること以外は、いつも家でみる姿と変わらなかったのに外に居るせいか表情まで違って見えた。知らない女の人と、並んで歩いてる気分だった。
「Are you also swimming in the sea of the idea?」
―また思考の海を泳いでいるんですか?―
「・・・It is because of you.」
―あなたのせいだ―
「Is it me?」
―私の?―
千笑が英語を愛しているのは冴もなんとなくわかった。冴が千笑に習って言葉を繋いだことに、どこか嬉しそうだった。
「As for you, enchanting me when is doesn't stop.」
―あなたはどこに居てもオレを魅了してやまないね。―
驚いたように千笑が目を見開いた。
「随分とお上手なんですね、英語」
―そこかよ・・・。
不思議だった。普段使う言葉じゃないからか、恥ずかしさが沸いてこなかった。どこか他人事のように自分の発した言葉を聞いている自分がいる。その分、気持も伝わりにくい気がしてもやもやした。
「あなたは・・・いつもどこでも、オレを・・・―、」
それ以上の言葉が続かない。さっき自分がさらりと言ったことをただ和訳しようとしただけなのにこの上なく照れる。どうしようもなく恥ずかしい。冴は赤くなった顔を隠そうと一歩前に出てどんどん歩いていった。それを追ってくる千笑の小さな足音が小走りに近づいてくるのが分かった。そして空いている方の冴の手を取ってとびきりの笑顔を見せて言う。
「So cute!!」
―・・・キュートって言われちゃったよオイ・・・。
冴は恨めしそうに睨みを利かせつつ、決して放すまいと千笑の手をギュっと握った。帰路への角を曲がると夕陽が2人の正面から射して、冴の赤い顔を遅ればせながら隠した。
あなたが起こす小さな事一つで恥ずかしかったり嬉しくなったりする反面、オレを地獄につき落とせるのもこの世でたった、あなた一人。
※英文は翻訳サイトによる文章です。作者は英語に精通しておりません、悪しからず。