眠れない夜を越えて
居場所が無くなって、夜、家を抜け出すのを止めた。
なんだか疲れてしまった。
寝ようと思わなければ、私は部屋に閉じこもっていられる。
学校から帰ると、毎日定位置のベッドの上で膝をかかえて座っていた。
「知紗」
ノックの音と母の声がした。
「なに? どうぞ?」
ひかえめにドアが開き、母が入ってくる。
「あなた宛に手紙。切手も差出人もないの」
母は不安げに真っ白な封筒を手渡した。
「読んでみておかしな事があったら言ってね」
「わかった。ありがとう」
母が出ていってから、封筒をじっくり見た。
封筒の大きさに対して、小さな文字が書かれている。
『知紗 さま』
『知紗 様
ちゃんと手元に届いたとしてこの手紙を書く事にします。
初めまして。
私は寺島 茂です。
猫がいる公園で会った男です。
尤も私が初めてあなたを知ったのはあの日ではありません。
あなたが私を認識する以前から、私はあなたを知っています。
夜な夜な家を抜け出して、公園や廃墟で眠っていることも知っています。
あなたを助ける手段はないものかずっと考えていました。
あの猫たちが、あなたの安らぎになるのなら、どうぞ一緒に暮らして下さい。
この間は驚かせてしまって、申し訳なく思っています。
私は誤解を受けやすいのですが、決してあなたを責めていた訳ではありません。
うまく言葉がでなくて、あのような言葉になってしまいました。
もう成人しているのに情けない話です。
話が逸れました。
あなたを知ってから、この数年ずっと見守ってきました。
私の好意を気持ち悪く思われるのはわかっています。
最後に一度だけ、あの公園で会ってもらえませんか?
あなたの言葉で私の片思いを終わらせてください。
寺島 茂
』
手紙の最後には、住所、電話番号、勤め先、携帯番号、メールアドレス…
本人を特定できることがたくさん書かれていた。
無視するのが一番いい。
私はくの字に折って、手紙を机に投げた。
作品名:眠れない夜を越えて 作家名:ゆまり