D.o.A. ep.8~16
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助けてほしいとさけんで、救われず、なお救いの手を求めてさけんでいる子供がいた。
かつて己の無力を知りながら、なお救いたいと願ったその小さな子供へ、今度こそ手をさしのべたくて、懸命に距離を縮めようともがく己がいた。
手を伸ばして伸ばして、伸ばして、ちぎれるまで、否ちぎれよとばかりに――――
「ああああ…ッ!」
天井に向けて、泣き叫びながら手を伸ばしていたのだった。
一日のうちにいったい何度ねむれば気がすむのかと、リノンは思わず苦笑する。
むくりと身を起こす。しつこく全身を支配していた倦怠感が、すっきりと解消されていることに一人満足をおぼえた。
食事を採ったのがよかったのかもしれない。ありがとう愛弟弁当。
感謝しつつ立ち上がろうとし、壁から顔を半分覗かせてこちらをうかがっている、あの老婆を見つけた。
「…あの、何か」
いかめしい顔つきでこちらをにらんでいるが、侮蔑や敵意とは異なる気がしたので、思い切って声をかけてみると、
「なにが何かじゃ、死にそうな叫び声あげおって、人騒がせにもほどがある!」
全身をあらわして、憤慨しながら指をつきつけてくる。
「えっと…心配、していただいた?」
「馬鹿な、だれがおまえなぞ」
「…でもティルバルトに頼まれて、見捨てるわけにはいかないんでしょ?」
「様をつけぬか、この無礼娘!」
さらに怒りの種を増やしてしまい、リノンはため息をつく。なぜこの老婆はこれほどまで敵愾心旺盛なのだろう。
「ねえ。私、あなたに何かよほどの無礼をしたかしら。教えてもらえない?」
まっすぐ見つめて問い質してみると、意外にも老婆は虚を突かれたように呆然となった。
「思ったほど、似ておらぬ…、否、その色は忌まわしき象徴たるものじゃ、金輪際受け容れられようか」
そして、なにやら独り言をぶつぶつ言いはじめる。何かに葛藤しているように、表情が苦悩にゆがんだ。
その姿がやけに小さく見え、リノンは首を傾ける。
「…娘。 おまえは、…我らが未来永劫忌避すべきもの。それより他にいうべき言葉は無し。もう、何も訊いて…」
くれるな、とつづけようとしたとき、ドーン、と足もとがはげしく揺らいだ。
「じ、地震っ?」
思わず悲鳴を上げ、周囲を確かめる。倒れてきそうな物はなく、わずかながら安堵する。が、その安堵は目前の老婆の様子に吹っ飛んだ。
まるでこの世の終わりが来たかのごとく震えながらうずくまって、ばかにおびえているのである。
確かに揺れは激しいが、気丈なるこの老婆を、果たしてこれほどまでに怖がらせるほどのものだろうか。
「ひぃ、あ、ああ…あぁ…」
パニックをおこしてうめく姿に耐え切れず、気付けばリノンは彼女に駆け寄って、存外に小さな体をだきしめていた。
丸まった背をさすりながら、大丈夫、と何度もくりかえす。
「すぐ…すぐに、おさまるわ…、だから、大丈夫…」
しかししばらくしても、まるでおさまる気配がない。さすがにリノンも不安になった。
ライルとティルバルトは、今頃おそらく、洞窟の中でこの揺れに襲われているのだ。
生き埋め、落盤、などという不吉な単語が次々と脳裏によぎり、唇をかんで、老婆を抱く腕の力をより強める。
「大丈夫、きっと大丈夫だから…!」
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作品名:D.o.A. ep.8~16 作家名:har