D.o.A. ep.8~16
Ep.16 兆
「お目覚めはいかがかな、風神様? ―――いや、アライヴ。ヒトの中に眠れる魔よ」
バスタードは、いっそ臣下が主君にとるかのごとき恭しいまでの一礼をするが、「アライヴ」の冷え切った眼にはいかほども変化はない。
むしろ態度を軟化させるどころか、彼はいっそう苛烈なる殺気を向けて、右手をのばしてみせた。
「極上の夢見だったさ」
突如あらわれて発した、はじめての声には、天から降ってくるようなおごそかさと、地の底より伝わってくるようなひたすら低い響きが同居していた。
その不可思議な声音にて、抑揚も色もなく、「アライヴ」はかえす。
黒い紋様におおわれたてのひらには、風を圧縮した球体――らしき物体――があらわれており、高い音をたてながら高速回転している。
おもむろに、ボールでも投じるかのようにかるく腕を振るった。
それなりの速度を帯びてはいたが、バスタードほどの身のこなしを以ってすればかわせぬわけでないし、実際に彼は必要以上に跳躍し、回避した。
「―――!」
そう、速度はとりたてて騒ぐものではなかった。問題は、その球体に秘められたエネルギーであった。球体はバスタードに避けられ、その先の岩肌に直撃する。
―――直後、比喩でもなんでもなく、場全体が揺れた。
たかだか片手におさまるボールほどの球体が、削岩機のごとく壁を派手にえぐり、めりこんでゆく。
驚愕すべきことに、岩を食い散らかして大穴をあけながら、ぶあつい岩盤をいともたやすくつらぬいているのである―――!
穴の奥で暴威をふるった風球が消えるまで、彼らの足場は振動をつづけていた。
彼の不必要なまでの跳躍は、決して過ぎたものではなかったといえる、惨憺たる様子と化していた。
ひしめく魔物をなぎ払いつくしたあの風が凝縮されたのなら、納得できないこともなかったが、あまりに現実感をともないきれぬ光景である。
鋭い八重歯を剥き、「アライヴ」は温度のない眼のまま、笑いに近いかたちへと顔をゆがめた。
「避けるなよ。…礼がしたいのさ、死ぬほどにな」
けれども、笑いというにはあまりに凶悪にすぎる相貌に、ぞくりと肌があわだつ。人ならざる化け物への、本能的な恐れだった。
ライルがどこへ行ったかなど、もはや瑣末事にさえ思えるほど、「アライヴ」という男は圧倒的である。
「恐悦の至りですな」
礼がしたいなどとぬかしているが、その顔面の下にあるものはまぎれもない、燃えるような憤怒であろう。
彼は、怒りの魔人であった。
「…さあ。たっぷり食らえ」
―――そして両の腕を広げた彼は、その怒りをもって周囲に先刻と同様の、いくつもの風球を浮かび上がらせたのである。
「それは結構だが、こんな場所でそれだけ放てば、お前も無事では済まんぞ」
正気とは思えぬその暴挙に、バスタードはへりくだった態度をすてさった。
「達者な口が、いつまで動くか」
ずっと無色だった声が、わずかな愉悦に彩られる。
「観ててやる」
ティルは不意に、さきほどから無言を通すトリキアスが気になり、つい視線を動かしていた。
そこで彼は、思いがけぬものを目にすることになる。
作品名:D.o.A. ep.8~16 作家名:har