D.o.A. ep.8~16
かつて感じたことのないほどの寒気を感じ取ったのは魔物も、こちらなど眼中になかったトリキアスでさえ同様で、驚愕に満ちた表情で振り返っていた。
その気配の張本人の肉を貪っていた魔物が、とたん弱々しくうなり、口を離す。
ドクン、ドクン、と、まるで鼓動に合わせるように、低く呻く少年の体ははねながら、心なしか、否、確実に、体格を増していく。
黒髪が、早送りのように伸びていく。
喰いかかっていた魔物どもはおろか周囲のものさえ、もはやその食欲を片鱗さえ失って、ただ得体の知れぬものにおびえ、じりじりと後退をしている。
刻一刻と変化を遂げる姿はもう少年ではなく、既に別の誰かだった。
やがて――その変貌を終え、体を起こして、緩慢に立ち上がる。
同時に、不気味な黒い紋様が、爪の先より蔦が伸びるように全身の肌を覆った。
牙を立てられ千切られた深い傷が、蔦のような黒い紋様に触れたとたん、煙を上げながらたちどころに治癒してしまう。
伸びきった前髪を鬱陶しげに払ったその男は、ライルと同じ色の、…けれど、氷のような印象を与える双眸を開いて、周囲を睥睨した、
――――瞬間、烈風が吹き暴れた。
目も開けていられぬどころか、その場に立っていることすらできない。
削り取られた岩の破片が吹き荒ぶ風の中で凶器となり、カマイタチじみた風とともに、この場の全てを切り刻む。
ティルとて例外ではない。70キロほどの体重などまるで意味をなさず、その暴風にいいように弄ばれ、とどめに岩肌に右半身を強打する。
わずかな時間でその暴風はおさまるが、無事でいるのは、その男を除けばバスタード、トリキアスしか残ってはいなかった。
ティル同様叩きつけられ、絶命したもの、動けぬほど傷を負ったものが、四方八方に大量に積み重なっている。
けれども、彼らも無傷というわけには済まなかったようだった。
つるぎを突き刺し、それを頼りに凌いでいたトリキアスの黒い衣服は、ところどころが破けて、白い肌に幾筋もの、浅くない傷が覗いている。
バスタードも似たような状態だ。両者とも生身で耐えたなら、恐るべきことであるが。
「…ようやくお出ましか」
そんなことよりも、いったいあの男は、何者だ。ライルはどこへ行ってしまったのか。
そう誰もが当惑し混乱している中、頬傷の血を指で拭いながら、バスタードだけが冷静に彼へ呼びかける。
「お目覚めはいかがかな、風神様? ―――いや、アライヴ。ヒトの中に眠れる魔よ」
男は黙して、鬱陶しい前髪の隙間から、荒みきった眼差しでバスタードを捉えた。
作品名:D.o.A. ep.8~16 作家名:har