D.o.A. ep.8~16
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魔物が、このエルフの集落に進入したという。あれだけ砦のように固く守られていたというのに、である。
にわかに外が騒がしくなり、リノンとロロナは戸惑いを隠せない。
「あたし、見てきます!」
「な、なら私も…」
きりっと表情を引き締めて勇み立つロロナに、リノンも続こうと身を起こすが、ふらつく。目の前が一瞬暗くなり、軽いものの吐き気がこみ上げた。
「だ、大丈夫ですか、リノンさん。やっぱりまだ体力が…」
「……ちょっと眩暈がしただけ」
彼女の体を支え気遣うロロナに、リノンは努めて元気そうに笑って立ち上がろうとした。
「―――ならぬ!!」
すると、あの薬師の老婆が二階への階段の途中から甲高い制止の声を張り上げる。
「な、何でよ!もういいでしょ!あなたさっき私に出て行けって言ったじゃない」
「戯け者め。弱ったお前を魔物と戦わせて死なせでもしたら、ティル様に申し訳が立たぬわ」
嫌い抜いているリノンでも、ティルバルトの頼みならばかくまうと言う。
ティルバルトは一体、この集落で――――この老婆にとって、いかなる存在であるのだろう。
「頭さえ下げなさったと聞いておる。よってお前は外に出ることまかりならん!」
立ちふさがりそうな勢いで眦を吊り上げる。
いくら厭われているとしても、命の恩人である。思う相手がリノンでなくとも、体を心配してくれているのは確かなのだ。
不服げな顔つきで、しぶしぶ床に戻る。
「気をつけて。私の事は大丈夫だから」
その言葉には軍式敬礼で応え、薬師の老婆には丁寧に頭を下げると、ロロナは扉を押し開いた。
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結局、ロロナが駆けつける頃には事が済みつつあるところだった。
具体的には24班がいつも戦っているような魔物が2匹入り込んで来たに過ぎない。
怪我人も出ておらず、この集落は実に小規模であるから騒ぎになりえたのであって、普通の町なら町の片隅がざわめく程度だろう。
だが、こんな秘された場所に――訊くに、魔物避けの結界を張り巡らしてあるという――入り込んだ事は、村民に結構な衝撃を与えたようであった。
もはやここにまでやって来るくらい、魔物が増えている。ならば、本丸に当たるヴァリメタルの洞窟はいかなる惨状であるのかと。
とりもなおさず、ティルバルトが危険だ、という結論である。
「ところで…ヒト?あんたいったい誰なんだい」
「王国軍第24班所属のロロナ=イアルバークといいます」
ここに来る前に見た事のある男が尋ねてきた。どうやら彼女のことをおぼえてはいないようだ。
彼らの輪に相当がんばって入り込んで、軍人の証を示しながら進み出る。
「この区画の巡回を担当してるんです。ティルバルトさんとは同じ班で…な、仲良くしただいてます…」
仲良くしてもらったことなど一度も無い気がするが、そんなことは言っていては始まるまい。
「ティルと?へえ…」
「あいつと仲良く、ねえ」
値踏みするような、純粋な好奇の目がロロナに集まり、小さくなって消えてしまいたい気分になったが、何とかこらえた。
「ティルバルトさんたちが危険だって言っておられましたよね。これからどうするんですか」
「助けに行くつもりだよ。あいつを死なせるわけには、絶対にいかないから」
この集落へ案内してくれた青年のうちの一人だ。言って、背中のつるぎを背負いなおした。
「あたしも」
すう、と息を吸い込んで。
「あたしも一緒に」
「ん?ま、止めはしないが…。いざとなっても守ってやる余裕、たぶんないよ」
「み、みくびらないでくださいッ!」
こぶしを握り締める。これでも日々鍛錬を積んでいる。そこいらの町娘と、一緒にしてもらいたくはない。
「ふうん。じゃあ、そういうことになったんで。構わないかいみんな。―――ふむ異議なし、と」
集まっていた中から、助けに向かうメンバーを、青年は適当に選んでいく。リーダー格らしい。
「じゃ、セーエルとローエル、ガーナットとハーン以外はここに残って。
あと他の奴らにも注意と準備するよう言っといてくれ。またどれだけ来ないとも限らないからね」
呼ばれた4人は首肯し、残りはおのおのの武具の具合を確認している。
それもすぐに済んで、ロロナを加えた5人は出発する。
「あ、俺クォルバルト。ティルの異母兄のひとりね」
彼は振り返って、そっちが名乗ってくれたから一応ね、とつけたした。
作品名:D.o.A. ep.8~16 作家名:har