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D.o.A. ep.8~16

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「…ほう」
「………!」
トリキアスは感嘆の声を上げ、ティルは息を呑む。
――――総仕上げといわんばかりに魔物がひしめく、開けた場所に出たのだ。
人為的に削られたものではない大きな空洞が、最深部だった。
獲物の到来に、魔物どもが色めきたって騒ぎ出す。
先程までとは違い、もはやティルの魔術による光がなくとも、物を視認できる。同じ洞窟内とは思えない。
彼は軽く左手を握って頭上にあった光球を消し去った。

そして、魔物の群れを挟んだ更に向こうで――――静かにたたずむ、金髪の男を認めた。

赤と青の鞘が交差し、後ろで下げられている双剣。うち一振り抜いて、その先が空を突く。
それだけで、ざわついていた魔物たちは、水を打ったように鎮まってしまった。
聞いたことがある。本能のみで生きる魔物は、生物として格上の相手を正確に察知する。
「格」とはその者が持つ戦闘力のことではないらしいが。
格が上だと認識した相手には絶対に手を出さないし、一つの動作で従ってしまうという。

「ようこそ。待ち侘びたよ。
随分遅いので、もしや赤いヴァリメタルによって凶暴性の増した魔物にやられてしまったかと、少しばかり危惧したが。
…いや、実に元気そうで何より」

よく通るバリトンで、わざとらしい歓迎の言葉を述べる金髪の男の、伏せられていた両目が開かれる。
世にも珍しい、赤と金の色違いの瞳(オッドアイ)だ。
けれども、同じ赤い色のトリキアスとは違い、不吉な感情は覚えない。どこか目の覚めるような、凛としたものを感じる。
「前口上は結構。…石ころが赤かろうが青かろうが、生憎私にとっては毛ほどの興味もないことでね」
戦いたくてうずうずしているらしいトリキアスが切って捨て、右掌を、上向きにゆっくり広げながら、
「こんな場所にいて万に一つもあり得ぬ事だとは思いますが、一応お名前を伺っておきましょう。
間違った方を殺ってしまっては大変だ」
言って、肩を軽くすくめる。
だがもし仮に、ここで金髪の男の口が予想と異なる名を紡ぎだしても、彼の戦意が殺がれる事はなかっただろうが。

「心術士、バスタード」

心術――――。
大十術師が、この世にもたらした奇跡、魔術のひとつ。
幻覚や夢を見せたり、記憶の操作や読心などを行いうるのだが、心とはこの世でもっとも難解なものの一つである。
したがって心術士を名乗るほど、意のままに扱える者はそういない。
ティルの頭に、新たな可能性が浮かんだ。もしかしたら、ライルの昏倒は、この男の心術によるものなのでは―――

「ならば問題ない。その首、頂戴いたします」
カシィン、と、石とも金属ともつかぬ不思議な音が鳴り、彼の右掌の上に現れた紅のつるぎが、重力に逆らって浮かび上がった。
彼が丸腰だったのは、そういうわけであったのだ。見たことも聞いたこともないが、武具を生み出す術の使い手なのだろう。
そのつるぎを携えると、トリキアスはじっとバスタードを見据える。
バスタードの方は抜きこそしていないが、柄に手を伸ばし、オッドアイで赤毛の男を凝視していた。
どちらが先か。いつ仕掛けるか、お互いタイミングを計りあっている。


それから十秒ほど経っただろうか。
ピクリとも動かなかった魔物ども、そのうちの一体が、わずかに身動ぎし地面を爪が掻く――――その瞬間、黒い影が跳躍する。
10メートル以上の間合いをほんの一息でつめたトリキアスが、バスタードの首を狙い、そのままつるぎを振りかぶる。
その疾風の攻撃に、さる相手が遅れをとることは無い。
体重も加わった一撃を、右の一振りで防ぎきり、火花が散る前に、左の一振りがトリキアスを狙う。
宙返りでかわし、少し距離をとる。それを追い詰めるべく、今度はバスタードが肉薄した。
「―――BlutesRege」
呟き、左手を頭上にかざし、振り下ろす。緋色の鋭利な凶器がバスタードの頭上に、滝のごとく降り注ぐ。
さすがに紙一重で雨から逃れると、なんとトリキアスがその中へ飛び込んだ。
「!」
無数の凶器がトリキアスの全身に突き刺さる、そう誰もが思い、バスタードもぎょっとして目を瞠った。
が、それは、まるで本物の雨のように、トリキアスを傷つけることなく素通りさせる。
驚愕に隙ができた男に迫り、赤いつるぎが一閃した。
「くっ」
咄嗟に、首に迫る刃を籠手で庇うバスタード。ガィン、と鈍い音を立てつるぎは弾かれる。
金属性の――――恐らく相当な硬度であろう籠手は、防いだ箇所から罅割れ、砕けた。
だがそこでトリキアスの攻勢は止まらない。更にもう一撃を加える。今度は確かに打ち払われた。
飛び退くさなか、トリキアスの左手より数本の凶器が放たれる。
バスタードの力強い右の太刀が振り払い、着地した彼に迫る。
しかし、トリキアスはつるぎを構えることなく、大きく飛び下がった。
ここで更に追い縋れば、トリキアスの手が再び緋色の雨を降らせよう。同じ失敗は繰り返すまい。
そう思ったのか、追撃は行われなかった。
あえて総括すれば、パワーは双剣のバスタードが勝るが、技はトリキアスの方が優れている、というところであろうか。
ものの1分も無かった攻防だが、二人の腕を知るには十分すぎた。
ティルは知らず知らずのうちに、掌に汗をかいていることに気づくのだった。

「殺し屋風情が……思ったよりやる。全く以って、ね」
「私はどちらかと言われれば、こちらの方が好きでしてね」
クク、と肩を揺らす。――――そのまま、笑い声が続く。
「感謝しますよ。私は今…愉しくて愉しくて仕方がない」
血のように不吉な双眸が細められる。
「彼の仰ったとおりだ。頼みを受け入れたのは、正しかった。本当に」
彼、とは恐らく依頼人のことを指しているのだろう。だが、仰ったとおり、とはいかなる意味か。
誰も入ることのできぬ洞窟の最深部に待つこの、バスタードという男を、トリキアスの依頼人は知っていた、そういうことだろうか。

「それは…実に何よりだ」

そう返してバスタードは、――――眠り続けるライルに、少しだけ目をくれた。



作品名:D.o.A. ep.8~16 作家名:har