D.o.A. ep.8~16
引きずり込まれるような睡魔はようやくなりをひそめ、少し気だるい感は残るが、リノンの体調はほとんど普段どおりとなっていた。
薬師の老婆は、顔を見るのも嫌であるらしく、あれからとんと姿を見せない。
別にこちらも同様なので、それは構わないのだが。
「ライルさんたち、まだ帰ってきませんね」
ロロナがポツリとこぼす。
リノンとしては眠っているだけなので、時間の経過の実感がわかないけれども、彼女は違う。
ずっと、ずっと膝を抱えて待っているのだ。
ライルたちの身を案じ、リノンの具合を看ながら。実際よりも、時の流れは遅く感じているに違いない。
「大丈夫よ。ちゃんと帰ってくるわ。 …それより、おなか、…すかない?」
突如切り出され、ロロナの目が点になる。ちょっとの間そうしていたが、やがて、まあ少し、と小さく頷いた。
「そうよね!私、お弁当持ってるの。半分こしましょ」
「え、そんなの、悪いです。あたし、平気ですよ?」
慌てて遠慮するが、リノンは意に介さず枕もとの小さな荷から布に包まれた物を取り出す。
開いていくと、中はサンドイッチだった。
サンドイッチといえば適当に作るものだと思われがちなのだが、そんな定説を裏切って、中の具は結構手の込んだものだ。
むしろ具だけでもかなりのおかずになる。
そんなボリュームなのに、きれいに挟まっているのが、作り手の腕を感じさせられるのだった。
「すんごくおいしそーでしょ?こーいうのがあるから、毎日がんばれるのよね。私」
鶏ハムとレタス、味付け卵の輪切りなどが挟まったそれをひとつ手にして、うーん、とうなるリノン。
「どうやって分けようか…。…ナイフとか持ってる?」
「サバイバルナイフなら」
「おー!さすが軍人ね」
かく言う己も一応軍人である彼女が手を叩いて、差し出されたそれを受け取る。
少し見目は悪くなったが、すべて半分ずつにすることができた。一口。
「…おいしい」
「でしょ!」
目を瞠って感動を覚えているロロナに、誇らしげに笑うリノン。
「あたし、サンドイッチって誰が作っても同じだと思ってました!」
「この、パンに塗られてる特製のソース?がまたいいのよねっ」
「リノンさん、料理お上手なんですね!」
と言われ、リノンは、たははと頬を掻く。違うんだなこれが、と返して、
「これ作ってるの、ライ」
「ええ!ライルさんがですか?」
「男のくせに並みの腕じゃないのよね。意外と家庭的な子なの」
二つ目を頬張りながら、さっきよりも目を丸くしているロロナに首肯する。小さなチーズオムレツとトマトソースがおいしい。
「結構苦労してんのよあの子。詳しくは言えないけどさ。おかげでどこに出しても恥ずかしくない主夫。ねえ、ところでロロナちゃん。
―――あなた、あの子のことどう思う?」
「どう…?えっと。明るくていい人だと思います。料理ができるって素敵ですよね」
わずかに首を傾げたものの、ロロナはさらりと褒め称えた。
リノンは半眼になり、うーん脈ナシか、と心の中でつぶやいた。
「んじゃ、好きな人とかは?」
単刀直入にたずねてみた。
すると、彼女の頬が紅くなり、それを恥じるように下を向く。恋がわからない鈍感ではないようだ。
俄然色めき立ったリノンは顔を覗き込んで根掘り葉掘りのリサーチを始める。
「ねえ、誰?身近にいるの?どんな男?優しげな好青年?歳はどれくらい?」
「リノンさん、思ってたよりずっと元気ですー…」
恨みがましく眉を八の字にして抗議するが、可愛いものにしか映らない。
「あなたに幸せになってほしいのよ。応援したいわ。こんなに可愛い娘の心を射止めたのは誰?」
「うー……。リ、リノンさんはっ、どうなんですかっ」
「私?私はいいの、そういうの」
先ほどまで恋愛話を大いに楽しんでいたとは思えないほどの釣れぬ返答である。
ロロナは不思議に思った。
ともかくここで黙秘しても追及の手が止むことはないだろうと観念した彼女は、黒い毛先をもてあそびつつ白状する。
「…すごく優しくて、包容力があって、面倒見のいい人です。気づいたら、目で追っかけてました」
とつとつと語る。なるほど、さような男ならば彼女を任せるに値しよう。
ただし、挙げ連ねられたのが割と当てはまる男のいる長所のため、特定は難しい。
まあ、ティルバルトでないことだけは明らかになったが。
「あたし、その人に憧れて、王国軍に入りました。周りからムリだって散々反対されたけど…。
あの人がいたから、今のあたしがあるんです。感謝の気持ちでいっぱいなんです。
恋人になりたいとか、そんなのおこがましい。ずっと秘めておくつもりです」
そう締めくくり、ロロナはため息をついた。リノンは最後の一切れを手にして聞き入り、
「そう。…本当に好きなのね、その男を」
慈愛に満ちたほほえみを浮かべた。肩に手を置く。
「でも、気が変わって思いを伝えるつもりになったら教えてね、協力する」
「あ、ありがとうございます。でも、きっと、死ぬまで無いです」
話している間ずっと手が止まったままだったロロナは、まだ新しい二切れ目だ。はたと気付いて口へ持っていく。
「それにしても本当においしいです。教わりたいくらい」
ニコニコしながら、そのまま二つ目を腹に収め、三つ目に手を伸ばしたとき。
「魔物だ!――――魔物が進入してきたぞ!」
――――遠くのほうで、そんな叫びを聞いた。
作品名:D.o.A. ep.8~16 作家名:har