夢と現の境にて◆弐
佐々部さんが訪れる前に間宮には事情と説明を簡単にしておいた。妙に納得したように頷くと、俺も同席していいか、と意外な一言を言われた。まぁ、どうせ協力するんだし、ということでばあさまに確認してみると勝手にしろ、と言われたので間宮も客間に入れ四角い机を三人で囲むように座った。
「えっと、佐々部さんお久しぶりです」
「ああ、久しぶり。あれ?前よりも大分顔色が良くなったような…」
そう言われて驚く。そうなのだろうか、身体も大分前よりは軽くなっていると感じているが人から見ても分かる変化なのだろうか。
「あ、それで、ちょっと紹介したいんですが」
「ん、この子かい?」
佐々部さんは俺が言う前に間宮の方を見、目が合えば二人は軽く会釈した。
「間宮 於宝といいます。今回狭霧さんの夢のことで協力させてもらってます。」
「そうか…、で事件のことも聞くということかね?」
そう聞かれ俺は頷く。佐々部さんは暫く腕を組んだ後、ちょっと聞いておくがと声を渋らせながら喋り出す
「絶対に信用できる相手なのかな?仮にも事件に関わるということだ。そこら辺はわかっているよね?」
念を押すように言われた言葉に俺より先に間宮が「はい」としっかりした声で返事をした。俺を見ていた佐々部さんが間宮の方へと視線を移す。
「…狭霧には命を助けられました。夢の事を聞いたのは偶然にしろ、やっていることはとても立派なことだと思うし、少しでも役に立ちたいとも思いました。他人には絶対言いません。…どうか協力させてください」
あ、あの目だ。
間宮の真剣な眼を見、思った。嘘だとは絶対思えないような真っ直ぐな眼差し。見ているだけの俺ですら臆してしまうような気迫…のようなもの
これは、折れる と思っていたところでハーっと短く息をついた佐々部さんが笑って俺を見た。
「こりゃあ、すごい拾物をしたね狭霧君。信頼できる友達ができて僕もちょっと安心したよ」
友達…。果たして俺とこいつは友達…なのだろうか
軽く返事を返しながらそう思ってしまった。今、自分が間宮に感じているこの感情は友達としてだろうか、はたまたまた別の違った感情なのだろうか。だけど、友達ではないとしたら
いったいなんなんだろう
「狭霧君?」
「は、はい?」
驚いた声を上げると二人が不思議な顔でこちらを見ていた。いけない、ほんとうにそれどころではないのだった。
「すみません、少しボーっとしてました」
「本当?大丈夫かい?」
不思議そうな顔をしていた二人が今度は深刻そうな顔で見るので苦笑してしまう。そんなに俺は危なっかしい生き物なのだろうか
「大丈夫ですよ…じゃあ、簡単に説明していきますね」
手元に置いておいた資料を机の上に置きながら俺は夢で見た詳細を話し出した。
最初に現れたのは黒い車だった。だけど唯の車ではない。平べったく、夢でも分かってしまうほどのスピードからスポーツカーだと察した。その車はそのスピードで車通りの多い高速道路へと乗り込み、縫うようにしてどんどんと車を抜かしていく。なぜ、こんなに急いでいるのだろうか。その理由は決して自分には分からないのだが。
視点が切り替わり、上から車を見るようになっていた視界から、前からの運転席が見えるような視点へと変わり、中に乗る一人の男の顔が浮かび上がった。
多分、だが見覚えのある顔だ。色んな人の写真を警察から見させてもらっているのだが、自分の記憶が正しければ一度刑務所送りにされた奴だと窺えた。そうなると、この先の展開が酷く怖く感じられた。この男はどんな残酷な事をしてもおかしくない、人を殺してもおかしくない。そう思っていた矢先、男の顔が怒りに満ちたように豹変した。視点がまた変わり前方の車が見えるようになる。…どうやら前の車が遅いためイライラし始めたらしい。しかも抜かそうと思っても隣はトラックが何台も走っており、移れない。男は前の車から当たるか当たらないかのギリギリのところで走り出す。道を譲れ、と脅すように。しかし、よくよく見ると前の車に乗っているのは老人だった。後ろの男の脅しには気づかないようでまったりとしながら走っている。まさか…。そう思うと同時に男はクラクションを鳴らしながら前の車へとぶつかった。その振動に老人は驚いてハンドルを回してしまう。回された方向はトラックのいる方向。あっという間に老人の乗っていた車はトラックにはねられてしまった。はねたトラックも驚いてブレーキをかけるが車体が傾き横倒れに倒れていく。後ろを走っていた車たちも止まれずにそれにぶつかっていく。なんてことを…。憎憎しげに思っていると、視点がいきなり老人の乗っていた車に切り替わる。ああ、いやだ。やめてくれ。そう思った次の瞬間、赤い鮮血にまみれた老人の姿が映し出された。死んでいる。呆然とそれを見た後、先ほどの男へと視点がまた変わる。先ほどの事など知ったことかというようにのうのうと道を猛スピードで走り抜けていた。あれ、おかしい。俺は思った。死ぬ夢だったらさっきの老人を見て終わるはずだ。だが、なぜまたこの男へと続くのか。そう思いながらも嫌な予感がしていた。もう、覚めろ、覚めるんだと思っていても夢は続いていく。そして、男は死んだ。その事故が起こった先で、あるトラックの後ろから抜かそうと、更にスピードを上げていった。が、そのトラックが突然減速し、反射的にブレーキを踏みハンドルを切るがタイヤがスリップする。綺麗に回転したかと思えば、ものすごい勢いで他の車へと当たっていく。最後に道壁にぶつかり、男の息絶えた姿が映った。