夢と現の境にて◆弐
それから、間も無く経った日の事だ
俺は一つの予知夢を見た
予知夢だと確信すると、いくつかやらなければならないことがある。一つは警察に連絡を入れることだ。予知夢なんか簡単に信じるわけがないと思うだろうが、実際そうだった。しかし、あのばあさまが率先して警察に乗り込み説得(?)をしてくれたのだ。内容はまぁ、唯のおばあさまとは思えないようなやり方だった。
まず、俺が見た予知夢の情報を伝える。出来るだけ沢山の詳細を含めて。最初警察はそれに耳も貸さなかったが、いざ事件が起こり、死亡者が出れば随分慌てたそうだ。
何かその事件と関係しているんじゃないかと、疑われるのは勿論だったが、そこを一番見越していたのか、ばあさまは堂々とこう言い放った。
「好きなだけ調べてみろ。お前等が思っているようなものは一つも出てこんぞ。嘘だと思ってわし等を信じれば、おぬれ等の仕事に好きなだけ貢献してやる。」
この言いように警察は呆気に取られた。そして憤慨する者が多く一度は通らなかった。それでもばあさまは俺が何か予知夢を見るたび警察へと詳細を記した紙を封書で送った。警察はそれに目を通さなかったが、幾つか事件が起こり、順調に捜査が進まないとなると自然と送りつけられたものが気になる。そして、開けてみれば、という感じだったそうだ。それが何度か起こり、未解決、死亡者、犯人の逮捕が間々ならなくなるものが現れると、ふと、送られたものを見てしまう。
そしてその内容で、解決していくことが増えていき、おかしいと思ってそれらの共通点を探しても出てこない。なぜ。なぜわかる。そう、警察は思いながらもとうとう、何人かはばあさまに折れ、このばあさまの家に訪れた。
そして俺を見て驚くのだ。
「…もしもし」
「狭霧君か、ちょっと久しいね」
少し乾いた声が電話越しから聞こえる。今話しているのは、ばあさまに折れた警察の一人で一番俺と会話をし、情報を伝えている佐々部さんという人だ。陽気だが事件のこととなると結構熱心に推理したり悩んだりして、その姿はこういうのはなんだが、見てて楽しい。40前ぐらいの年齢に見える。
「電話をくれたということは」
「見ました。詳細は家で話します。出来れば今日か明日くらいに、時間が空いてるときでいいのでお越しください。」
「わかった」
最低限の事を伝え終わると俺は携帯を切った。その途端、ぐっと目を瞑って布団へと倒れこむ。気持ちが、悪い。
突然足が痙攣した。ああ、早く収まれと思っても中々収まらない。吐気は襲ってこないものの、身体が重く、だるい。この状態で今日でもいいといったのは間違いだったか。
そう寝転がりながらボンヤリとしていると、ある一人の男の顔が頭の中に浮かぶ。
間宮…、間宮に連絡したほうがいいだろうか
いや、こういうときにしなくてはあいつも怒るだろうな、と思った。ここで呼ばなかったら約束の意味がないではないか。
携帯を握り締める。あまりこんな弱った状態で会うのは居た堪れない。だけど、前はそれで怒られてしまったのだった。
人に弱みを見せるのは自分にとっては怖いことなんだと、間宮の言葉で改めて実感した。人とは違いすぎていて、自らこれは知られてはいけないことだと思っていた。そう、思い込んでいたのだ。どうせ、伝えられた相手だって困るだけだ、訝しむだけだ、と
俺は登録数の少ない電話帳から間宮の名前を探し出すと、迷わずコールボタンを押した。ゆっくりと耳に押し当てる。先ほどの佐々部さんに電話する時とは比べ物にならないほどの緊張が走る。
コールが五回鳴ったところで、「はい」といつもよりも少しくぐもる間宮の声が聞こえた。
「えっと、俺」
「うん、わかってる」
そういわれて少し恥ずかしくなった。なぜ、分かりきった事を言ってしまうのか。声が震えそうになりながらも両手でしっかりと携帯を握り気を保った。
「予知夢、見た」
「…今朝か」
「うん」
それで、これそうだったら…と、言おうと息を吸い込んだ瞬間、「今すぐ行く」と電話越しから静かな声が響いた。ほんとに?と思わず呟いてしまうと、苦笑の混じったような声で当たり前、と言われてしまった。思わず顔が綻ぶ。
そこで電話を切り、さて、仕度をしなくてはと立ち上がった時、思っていたよりもすんなりと身体が動いたことに驚いた。そういえば前もこんなことがあったような気がする。確実に間宮と会ってから、悪夢を見る回数も減っている。
なぜだろうか
そんな疑問が頭に浮かぶが、それどころではなかったと急いで着替えを始める。佐々部がさん来る前に身支度を整え、貰ったファイルやリストから自分が見たものを探し出さなければならない。
(あ、しまった…ばあさまに報告してない!)
一番大変なことを忘れていた事に気づくと帯を結びながら慌ててばあさまの元に向かった。そんなこんなでバタバタしているうちに、その数分後に間宮が、そしてその一時間後に佐々部さんが家に訪れた。