夢と現の境にて◆弐
―――肆, 最強で最悪な夢
不思議だ。自分は眠っているというのに、何故かあの悪夢はやってこない。ただ白い景色がボンヤリと映って、そう思えばスッとどこかに引き込まれたように意識が朦朧としていく。
気づけば俺は目を覚ましていた。
こんな夢見心地のいい夢など見たことがなかったので、まだ寝ていたいという今までの自分では到底有り得ない事を考えていた。これは中々ないことだ、もう少し寛ろいでしまおうと身動きをした。するとふと、何かおかしいことに気づいた。
(…え?)
妙に暖かいと思っていたら、なんと間宮が静かに寝息を立て、俺を抱きしめた格好で寝ているではないか。まさか、あれからずっと俺を抱いていたのか。自分が陥っている状況を把握するや否や、体中の血液という血液が沸騰するような感覚に落ちる。
(は…恥ずかしい)
そう思いながら嬉しいと思う気持ちもあった。こんな風に誰かの温もりに触れながら安心して眠るということはしたことがなかった。なかった、というより、記憶にない、と言うべきか。
しかしこんなところをばあさまや千代に見られたりでもしたら堪ったものではない。早く離れなければと、俺を抱え込む腕をそっと下ろしなんとか逃れる。
ああ、まだ寝てたかったな。
不意にそう思った事にえ?と、自分で驚いてしまう。寝てたかっただって?俺が?
しかも……間宮と?
ぶわあと顔が熱くなっていく。なんだこれなんだこれと焦っていると「うーん…」と間宮が呻き声を上げて起き出した。うわあ、まだ起きるんじゃないっと俺が思わず叫ぶと「は?」と眠そうな声で間宮が俺を見、不思議そうな顔をする。
「…どうした」
「ななななんでもないっ」
「嫌な夢でも見たのか」
「み、見てない」
話しているうちに間宮に背を向けて座っていた。顔、顔は見ないでくれと願いながら自分の頬を触りつつ俯いていると、いきなりどっしりと背中に重みが掛かる。気づけば間宮が背中を合わせて俺に寄りかかるようにして座っていた。
「嘘じゃないよな」
「…俺、嘘つけないから」
「?なんで」
ばあさまに言いつけられているからというと、暫く黙った後、夢のことがあるからか、と尋ねられた。まぁ、そうなるなと頷いた。というより、へたに嘘や言い訳をすると後々大変なことになるぞと半ば脅されるように言われた。でも、確かにそうだと思う。へたに誤魔化したら絶対後悔することが多い気がしたから。
急に間宮が体重を思いっきりかけてきた。前のめりに倒れそうになりながら重いっと文句を訴えると「なぁ」と間宮が呟くように声を出す。
「何」
「…なんでそっち、向いてんの」
「べ、別に…」
意味はないと応えると、間宮はそれから黙ってしまった。…重い。沈黙が。
「…照れてるのか」
あんなことしたから、と突然、意味深に言われればまたカッと顔が熱くなる。そんなんじゃないっと意地になって言い返してしまうと、「ふーん」と楽しそうにいいながら俺の顔を覗き込んできた。
「み、見んなっ」
「なんで」
「…いいからっ」
「照れてないんだろ」
「―――っ」
ああいえばこういうやつだっ。こうなればヤケだ、と俺は顔が赤いことなど構うものかという風に間宮の方に身体を向け、睨みつければ、「悪いかっ!」と叫んでいた。
間宮は数回目を瞬かせた後、前のめりに沈んでいったかと思えば、肩を奮わせ腹を抱えながら笑い出した。
妙な敗北感と羞恥に俺が口を噤んでいると、笑いをやっと収めた間宮が「悪かった、悪かった」と俺の頭を子供のようにポンポン叩き、立ち上がった。窓の方をチラリと見やり、「そろそろ帰る」と言った。
窓の外を見れば、もう夕日に染まっていた。あの時の、初めて間宮と会話した、あの日のようだと思った。今こうしていられるのも、あの日があったからなんだろうなと、改めて感じた。
「狭霧?」
俺はボーッとしてたのだろう、襖を開けたところで間宮がこちらを見ながら首を傾げていた。慌てて立ち上がると裾を踏んだ。身体が前に崩れていく。転ぶ、と思ったところで間宮が俺を寸でのところで抱きとめた。その瞬間、寝ていたときに嗅いだ、間宮の匂いがした
わ、悪い、と顔を上げて謝ると間宮は苦笑して、あの時みたいだなと呟いた。そして俺の腕を引っ張り立ち上がらせる。
同じ事を考えてる
たったそれだけのことなのに、なぜこんなに動悸が煩くなるのだろう。
そうして間宮の顔をまともに見れないまま、後ろをついていき玄関まで送り出した。間宮は靴を履き自転車の鍵を手にすると「お邪魔しました」と礼儀正しく挨拶して戸に手を掛る。
「…連絡」
自然と口から零れた。間宮が振り返る
「連絡、ちゃんとするから」
「…電話もな」
小さく微笑んで「また来る」と言い残した間宮は、ガラガラと戸を開けて、閉めて、帰っていった。
待ってる。
そう、声にだしたのは 間宮が去ってから何分か経った後だった。