夢と現の境にて◆弐
俺は…、とんでもない事をしたのではないだろうか
シャワーの熱さなのか、それとも自分のこの火照る身体の熱さなのか、それさえ分からない感覚に見舞われながら俺は呆然と風呂場にへたり込んでいた。
寝るなよ、倒れるなよとどこか遠くで囁かれるような注意を間宮に受けここに連れてこられた俺は今頃先ほどの出来事を冷めてきた思考の中で思い出し羞恥に浸っていた。
だけどもっと悩むべきところは、自分が嫌だと感じていなかったことだ。実際否定する素振りも見せてなかったのではないだろうか。いやいや、薬のせいだと頭を振った。生理的なことで別に可笑しなところは…。と考えたところで俺はその考えに少し後悔した後自嘲気味に溜息を吐いた。もう、偽り続けるのに疲れてしまった。この身体と思考の樽さから思い切って割り切ってみることにした。
好きなんだ。多分、間宮のことが―――
そう素直に頭に浮かべてしまった途端、また全身の血液が沸騰したかの様に熱くなり、身体が震えだした。ああ、好きなのか。嘘じゃないんだな…と他人事の様に思ってしまえばいい加減枯れたと思っていた涙さえ零れた。自分は本当に馬鹿だ。もっと他に優しさや人との交流に慣れていれば、こんなことで間宮の事を思うこともなかったのかもしれない。
本当に?
と問うてしまう自分も本当に愚かしい。嘘だ。きっと俺はそんな人達と間宮を一緒の存在になんて見ない。絶対に彼を見つけて、眼で追って、またこの気持ちを抱くことになる。そんな気がした。だって、間宮は
だって、なんなのだろう。彼の何を、俺は知っているのだろう?勝手な妄想だ。勝手な判断だ、自分勝手な気持ちだ。間宮のことなんて知ってもいない。だから、こんな感情を何時までも持ち合わせてはいけない。
ここから出るときにはもう、今思った事をすべて捨てて、忘れて、今まで通りの「ともだち」になって…
ぐったりと頭を垂れながらぎゅっと目を瞑る。こんな平常心でもいられない状態でこんなことを考えたってしょうがない。頭ももうグチャグチャで何を考え出すかわからない。このままこれは保留にするしかないだろう。
しかし、いつかは決着をつかなければいけない。薄く目を開けながらシャワーから流れ出る水がタイルに弾かれて水飛沫になっていく様をボンヤリと眺めた。間宮と一緒にいる限りこれは、変わらないのだ。終わらないのだ。
夢と同じように―――
いつまで流していたかわからないシャワーを止めるとふらふらとしながら立ち上がった。今日はこのままベットで寝ていいかもしれないが次の日から間宮と顔を合わせるのは辛いだろうな。つい先のことを考えてしまいながら苦笑する。普通だったら自分を襲った野本さんの事で悩むべきな所をいつの間にか間宮一色に染まっていた自分に笑ってしまう。あれほど悪夢と重ねて怖かった思いをしながら間宮とのあの行為のせいで意識の殆どがそちらに向いてしまっている。
洗面所に置かれたタオルで身体を拭くと先ほど触れた事を思い出し自分の身体に触ることさえ儘ならない。そんな自分に戸惑っていると間宮だろうか、遠慮しがちに洗面所の扉が叩かれた。
「…大丈夫か、起きてる?」
その声に返事をしようとし、口を開くが掠れて震えた声しか出ず自分で驚いてしまった。情けなさすぎる事態に慌てつつも取り敢えず扉を叩いて返事をしようと近づくと返事がないと思ってか扉が開かれ俺は咄嗟に全て開かれぬ様扉に飛びつき持っていたタオルで身体を隠す。
扉を開ける事を阻まれ驚きながらも間宮は俺の様子に気づくとぱっと視線を逸らして悪い、と一言告げると翻してその場を去っていった。危なかった。ほっと安堵の息を吐いた。
こんな些細な場面でも顔を合わせるのが気まずい。間宮はこれから俺とどう接していくつもりなのだろうか?
一瞬そんなことを考えてあほか、と自分でつっこんだ。本当に自分はおかしい。今の思い方はまるで何かを期待しているみたいではないか。
これ以上何か考えるたびに否定するのにも疲れてしまう。俺はさっさと寝た方が安全だと考え急いで着物を着て歯を磨いた。そしてこれが難関だが勇気を振り絞って間宮に一声かけてから寝ようと思った。
間宮を探すと客間にいた。いったい何をしているのだと聞こうかと思って止めた。間宮の様子を見て後処理をしているのに気づきとても話ができるとは思わなかったからだ。逆に声がかけずらくなってしまった。客間を仕切る襖に寄りかかりながら俺はそれを待つことにした。この部屋に入ると暗かったにしろ色々と思い出されてしまって居た堪れない。
数分して疲れたような顔をした間宮が客間から出てきた。俺を見つけるや否や何か言おうとして開いた口がゆっくりと閉じていった。やはりきまずいんだろうな。内心しょうがないよなと失笑しながらももう寝ると告げようとして俺が口を開くと間宮が「悪かった…」となぜか謝りの言葉を呟いた。
「え、何…?」
「いや、気にしてないならいいけど」
視線を逸らしながら言う言葉に何を謝られているのか悟った。気にするもなにも、正直いって多分反対に嬉しいんじゃないだろうか自分は。そう考えてしまうとなんじゃそりゃ!!と自分で自分の思った事に恥ずかしくなり頬が火照った。嫌じゃないのは確かだがまさかあんなことまでしたい、と思ってしまっているのだろうか?いやいやいや…だめだろう!そう自分の中で葛藤していると間宮がそろそろ寝ろよと俺の額を小突いてきた。そして家の奥へと歩き出す。なんだ?帰るんじゃないのか?
「間宮…?帰らなくていいのか?」
そう尋ねると間宮は少し驚いた顔をした後「ああ、そうか…」と何やら一人納得したように呟いて頭を掻き改まったようにこちらに向き直ると「今日泊まるから」と決定事項のように言い放った。え?なんで?と俺が言う前に「またあいつがくるかもしれないだろう」ときつい顔で言われ反論できなかった。寧ろ心強く思ってしまった。嬉しく思ってしまった。だからその後の言葉は告げられず間宮は周りの戸締り確認してくると奥へと消えて行ってしまった。思わず重たい息を吐く。何か、何か思わぬことが口から滑りでてしまうかと思った。まだ完全には力の入らぬ身体でぐっと拳を握った。隠すべきだ、抑えるべきだ。間宮のために?…そう、間宮のために。
ずっと、俺に囚われ続けてはいけない から。
俺は我慢してみせる。