ダヴィンチコード イン ジャパン
桃子のボストンバッグを椅子の上に置き、自分のボストンバッグを開けた。
下着を取り出し、シャワー室に行く。シャワー室はトイレと一緒のユニット式になっている簡
単なものだった。
シャワーを浴び洋服を着替え、部屋に置いてあるコーヒーを飲もうとする。
湯を沸かしながらテレビをつけと、携帯電話が鳴り出した。
電話を取ると桃子が、「私・桃子、ちょっと実家で時間がかかりそうなの、7時半にして下さい。」
と言った。
木村は、「分かった。」と静かな声で答え電話を切った。
木村はコーヒーを飲み窓から外を見ながら、桃子の楽しそうな声をうらやましく思っていた。
そして、「ああ、僕も両親に会いたいな。」と心から願っていた。
8月
17
日 午後七時半
木村はホテルのロビーで桃子を待つ。
7時半を
10
分ほど廻った頃、桃子があわてた様子で飛び込んできた。そして、「ごめんなさい、
お父さんがなかなか放してくれないので遅れてしまいました。」と木村に謝る。
木村は、「いいんだよ、家族に会えることは素晴らしいことだ。」とうらやましそうに言った。
桃子は木村の気持ちが良く分からなかったようで、「八戸のあわびは最高なの、食べに行き
ましょう。」と明るい声で言った。
木村も気を取り直し、「その最高のあわびを食べに行こう。」と同意した。
桃子の案内で、ホテルの前の道をまっすぐ進み道路を2本渡ったあたりに、こぎれいな居酒
屋半分・すし屋半分という店があった。
桃子が、「ああここ、ここ、まだあってよかった。」と言い、木村の手を引き店の中に入って
行った。
カウンターに座ると年配の女性がメニューの持ってやって来た。
桃子が木村に、「飲み物は何にする、青森の日本酒はおいしいよ。」と言うと、
木村は、「最初は生ビール・そのあとでそこに書いてある三陸錦を頼もう。」と早口で言った。
桃子も同意し、生ビールと三陸錦を年配の女性に頼んだ。続けて木村が、「あわび・いか・赤貝・
まぐろの刺身、それに、もずく酢を頼もう。」と言うと、
桃子が、「海鞘とホタテが名物なの、ホタテはバター焼きが美味しい。」と言い加えた。
木村も目配せで同意し、そのメニューを注文することにした。年配の女性が、生ビール2個
と三陸錦の4合ビンを持ってやって来る。
桃子が小声でその女性に料理の注文をする。
女性は生ビールを二人の前に出し、日本酒のグラスを並べながら、「お客さん東京だすけ。」
と木村に聞いた。
木村が、「うん、うん。」とうなずくと、「あわびは最高だから、食べてくれん。」と言った。
木村と桃子は生ビールで乾杯し、料理を待った。そこにあわびをはじめとする料理が出て来
る。
二人はビールを飲み干し、日本酒を注ぎ、もう一度乾杯をする。
木村は日本酒を口に運びながら、あわびに手をつける。そして、「桃子、これは最高だ。」と
一言、桃子は無言でうなずいた。
木村はあわび・いか・海鞘などを食べながら、「桃子、明日恐山に行きたいのだが、」と言い
出す。
桃子が、「恐山はここから随分遠い、どこかに一泊して行きましょう。」と言うと、
木村は、「ホテルで聞いたら、5・6時間らしい。僕は早く行きたい。」、「恐山に行き、“いた
こ”に頼んで両親に会いたいんだ。」と言った。
桃子は急に真剣な顔になり、自分が家族の話をして木村を傷つけたことを悟った。
桃子は、「分かりました。今日は実家に帰り明日朝8時のホテルに行きます。」、「それから、
大急ぎで恐山に行きましょう。」と暖かい視線で言った。
木村は桃子の暖かさを実感したようで、「うん、うん。」とうなずいていた。
そのとき木村の耳に、後にあるテーブルのお客の会話が飛び込んでくる。木村は、「あれ、
日本語かな。」と一瞬疑問を持った。
木村の耳には、先日仕事であったイスラエル人が話していたヘブライ語のように聞こえてい
た。
二人は最後にお茶を頼み食事を終えた。
桃子が、「チェックしてください。」と先ほどの年配の女性に頼んだ。
しばらくすると、年配の女性が計算書を持ってやって来る。
そして、「8,900円です。」と言ってその計算書を木村の前に置いていった。
木村はその計算書を見て桃子に、「あのあわびを東京で食べたら倍は取られるな。」と言い、
計算書を持ってレジに行った。そのとき桃子が、「ごめんなさい、私トイレに行ってくるから
少し待っていて、」と言い、トイレの方へ行った。
木村は周りの会話を聞きながら、
「なぜ、八戸弁がこんなにヘブライ語に似ているのか。」、疑問に思っていた。
木村はレジでお金を払い、桃子を待った。
さっきの年配の女性が、「また、いつでも来てくれん。東京の人は大歓迎だすけ。」と愛想よ
く言った。
そこに桃子が来て二人は、「ご馳走様。」と言って店を出た。
桃子が、「ごめんなさいね、両親と久ぶりに会ったので今日は実家に泊まり、明日朝8時に
ホテルに行きます。」、
「それから恐山に行けば、まだ“いたこ”がいる時間に着けるでしょう。」と言った。
木村は、「うん。」とうなずいた。
二人は居酒屋の前の道をホテルの方に戻っていく。
そのとき木村が唐突に、「八戸弁って、ヘブライ語に似ていると思わない。」と桃子に聞くと、
桃子はヘブライ語を聞いたことがなかったので、「私には分からない。」と答えた。
木村は自問するように、「確かに、どこか似ている。」と少し頭を傾けながら言う。
桃子は木村が何を考えているかよく分からず、「あなた、へんなことを聞くのね。」と言った。
木村は妙な笑いを浮かべながら、これには何かがあると直感していた。
ホテルの前に来ると桃子が、「ごめんなさい、私は実家に帰るから明日また来ます。」と申し
訳なさそうな態度を見せ言う。
木村は、「うん。」とうなずき、桃子を見送った。
木村はホテルに入り、エレベーターで自分の部屋に向かう。
エレベーターの中でも、先ほどの八戸弁とヘブライ語が似ていることが頭から離れなかった。
部屋に入り窓から外を眺めると、遠い山並みの上に三日月が輝いていた。
木村は明日何かが起こりそうな予感を感じ、その日は眠りに就いた。
キリストの墓へ
8月
18
日 午前8時
その日は昨日と違い、雲が低く立ち込める日だった。
木村の部屋の電話がなる。木村が寝ぼけ顔で電話を取ると、
桃子が、「私、今ロビーに居るの。待っているから早く来て。」と元気そうな声で言った。
木村は、「はい、分かった。急いで行く。」と言い、
ベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗い始める。
それから急いでトイレを済ませ、自分のバッグと桃子のバッグを持って部屋を出た。
エレベーターに飛び乗りロビーに急ぐ。ロビーに着くと桃子に一言、「悪い。」と言い、カウ
ンターにチェックアウトを頼んだ。カウンター係り背が高い細身の女性が、「追加料金はあり
作品名:ダヴィンチコード イン ジャパン 作家名:HIRO サイトー