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真夏の夜の夢

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5.

 それはかつてないほど充実した時間だった。光と名乗った少年は天性の運動セン
スの持ち主らしく、今まで一度も剛からボールを奪い取ることの出来なかった友人
達とは違い、いともあっけなくボールをさらってゆく。もちろん負けず嫌いの剛だ
から大人しくやられたりはしない。いつの間にか本気でぶつかっていった。その時
間はあっという間に過ぎた。
ふと気づくと辺りはとっぷりと夕暮れに薄暗くなっていた。

「光、待っててな、今鍵開けてくるから」
我が家の前で剛は云った。裏口に回るらしい。剛の姿が消えると赤と青の背広の巨
体が光の後ろに立った。
「若…」
「ぼん、帰りやしょう。」
赤鬼と、青鬼だ。
「何も云うな。叔父貴には後できっちりとわびを入れる。わいかて九堂会…九堂コ
ーポレーションを継ぐ身や。父様や母様がおらんでもわがままは云わん。けど…剛
には手を出すなよ。したらお前らかて許さんからな。わいの、と、友達やから。」
いかつい男達が顔を歪め、初めて笑顔らしいものを作った。
「分かってまさぁ、ぼん。ちゃんとお友達の家で挨拶が済むまで、待たせてもらい
ます。なあ?」
「おお。ほな私ら先の公園まで戻ってますで、若。」
「…おおきにな」

 仕事から帰ってきた剛の母は、ふたりの顔を見ると呆れたような表情で風呂場に
強制連行した。道理である。一心不乱にボールを追っていた彼らは擦り傷はもちろ
ん、ちょっと人前には出られないくらい泥まみれになっていた。初めて逢ったとは
まるで思えない打ち解けたはしゃぎぶりで風呂からあがると、光のぶんの着替えも
用意され、食卓にもすでに夕飯が乗っていた。

「ごうと一緒やから、ちょっとつんつるてんかもねえ。ん、大丈夫。さ、遠慮せん
でええんよ。お腹すいたやろ」
にっこり笑った剛の母に光は端正な顔を曇らせた。
「どないしたん? なんぞ好かんもんでもあるんか?」
「……」
たった三人きりの、けれども暖かな団欒。光はそれに言葉を失った。

 彼にはこんな記憶はなかった。いつでもたった独りっきりの食事だった。どんな
メニューでも、好きなだけそろう。
けれども語り合う相手はもちろん、共に箸を持つ相手すらいない毎日。九堂会総帥
である父は愛人の家に住まい、病弱な母は自分だけで手一杯という有り様で、ただ
ひとりの息子である光を顧みることが無かったのである。唯一九堂会創成時、裏か
ら助力した叔父が厳しい稽古と作法を教えてくれてはいたが、語り合うことなど皆
無であった。
「大人しいんやねぇ。うちのごうちゃんとはえらい違いやわ。しっかりしとるし
…。これからも仲良くしたってな」
「お母ちゃんそれ、誤解や!  わいかて父ちゃん代わりや、外ではしっかりしと
るんやでぇ。」
剛がおあずけをくったまま、ブウブウ云う。
「へえ〜、この泣き虫ごうちゃんが?」
そう云って母はからからと笑った。女手ひとつで剛を育てている誇りと、芯の強さ
に満ちた笑顔だった。
「いただきます…」
ぽつりと云って光は箸を取った。

 ――――それ以上口にしたら、泣いてしまいそうだった。

作品名:真夏の夜の夢 作家名:JIN