真夏の夜の夢
4.
ようやく一息をついたのは、竹林を抜けて国道へと続く小路に出てからだった。
「はっ、はぁっ…もう、大丈夫やで」
「……」
黙ってついてきた少女は、やはり何も云わない。明るい陽射しの中で見ると、一際
整った顔立ちをしていた。その相手を自分は助け出したのだと思うと剛は嬉しく
て、自分が何か勇者にでもなったような気がした。
剛はそのまま手を引いて自分の家へと向かった。いつもの工場跡なら友達もいるに
違いないが、剛は少女を他人に見せたくなかったのだ。
初めて自分で見つけだした、自分だけの純粋な友達…。自分が救い出したお姫様な
のだ。こんなにもきれいで無垢な存在は他にいない。
どうしてこの少女の姿を、我が身可愛さに逃げ出してしまうような臆病な友達に紹
介などできようか。誰の眼にも晒したくなかった。
「な、なぁ、何して遊ぶ?…サッカーは…出来ひんやろなぁ」
云った言葉に剛は頭を掻いて笑った。いくら竹刀を振り回すような気の強い少女で
も、荒々しいサッカーとなると話は別だ。夢中になって怪我でもしたら可哀想過ぎ
る。姫を救出した勇者にあるまじき振る舞いであろう。
「なんでや?お前のしたいこと、したらええやん」
しかし少女はあっさりと応えた。
「お前、口悪いなーッ。そない口利いとると嫁にゆかれへんねんぞ。イカズゴケ
や。女のくせに…」
その言葉に少女の頬がぴくっと引きつった。
「だ、誰が女やっ。わいは男じゃ!見て判らんのかボケっ」
「…う…そ、やろ…?」
今度は剛の方が顔を引きつらせた。ただでさえ大きな瞳がますます見開かれる。こ
んなにもきれいで愛らしい容姿の少女などおそらく二人といまい。それなのに少女
ではない? 云われた言葉に剛は茫然としてしまった。
「なにが嘘や。けったくそ悪いやっちゃな。わいは正真正銘お・と・こ、や。ぐだ
ぐだ云うとると股蹴り飛ばすぞ!」
なるほど云う台詞は間違いなく男の子のそれだ。特に今見せたきつい眼差しは少女
のものである筈もない。今思えば、あの鬼のような胴着の男の目つきや口ぶりに似
てはいなかったか。
「か、堪忍ッ…。まさか男やと思わんかってん…きれいやし…あわわわ。あ、あん
なぁ、わい剛云うねん。鳳剛(おおとりごう)。お前なんちゅうん?」
「ひかる、や。九堂光(くどうひかる)」
どうだとばかりに胸を張る。
おとぎ話は終わった。それでも。今いきいきと話す目の前の美少女…ではない、
男の子が、剛にはもっとまぶしい存在に映った。剛は人懐っこい笑みを浮かべて、
ごしごしと右手を半ズボンの後ろで擦り、生涯の親友になる少年に差し出した。