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D.o.A. ep.1~7

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夕陽が紅く染まり、カラスがお山に帰る頃、ライルはやっと解放された。
心身ともに疲れきって、気を抜くとすぐに溜息が出る。

彼が入軍初日にやらされたことは、トレーニングでも実技演習でもなかった。
あの後、デスクに向かわされた。筆記テストでもやるのか、そう構えていたところ、出てきたのは書類の束であった。
「!」
「名前から始まって生年月日、住所、身長、体重、血液型、家族、来歴、現時点の財産、行きつけの病院、持病の有無、健康状態、資格、交友関係……………」
延々と続く項目の多さに、ライルは辟易する。確かに必要かな、と思うものから、そんなこと訊いて何になるんだ、というものまで、多種多様の計500項。
「とまあ、お前の情報をすみからすみまで記入してもらう。と、あとそれに諸々の誓約書と契約書」
「そ、そんなに?」
「一箇所でも間違ったらその書類は一から書き直しだぞ。最初にして最大の試練と言わしめるこれぞ書類地獄」
「うわあ…」
「うむ、頑張れとしか言えん。慌てず、素早く、正確に。ちなみにソードさんは書類地獄でも最短記録を樹立しておられる」
「これがたぶん一生、お前を縛って、保障するんだよ。丁寧にな」
「ほら、追い越してくれるんだろ?そんなモンなんかさっさと片付けられるよな」
「と、当然だ」

売り言葉に買い言葉。ライルははりきって万年筆を手に書類に挑んだ。先輩がたの目にさらされながら、赤裸々な情報を書き込んでいく。
長時間ペンを握っているのは初めての体験であり、苦痛だ。誤字脱字は当然、少しでも判断できかねる字があると容赦なくボツをくらうので、イライラと神経が磨り減っていく。
最初はそばにひっついていた先輩がたも、中盤からは退屈になったのか、ボツの書類を使って紙ひこうきなどを折り始める始末であった。
腹に据えかね、邪魔するならあっち行ってくれ、そう怒鳴りつけると、弾みで万年筆がばきりと破損。
せっかく終わりかけていた一枚の上にドバッとインクが広がって、台無しになった責任を感じたのか、以降は協力的になった。
やっと成し遂げたときの達成感は、ちょっと言い表せない。
みな拍手を送ってくれた。九時過ぎより、実に約八時間の、ライルの人生でもっとも長い戦いだった。
お疲れさん、と奢ってもらった炭酸が喉に心地良く、緊張が解けたためか腹が盛大に鳴った。昼を抜いたのを今更思い出す。
「いい頃合だ。夕方に来いと、ソードさんに言われているんだろう。初出勤はこれで終わりとする!」
ぱん、と手を叩いて、中では一番階級が上であるヘクトが勤務終了を告げる。
「明日から朝七時集合だ。遅刻すんなよ!」
「は、はーい…」
肩が完全に固まっている。揉み解しながら、手をひらひらさせた。


夕陽に照らされながら、とぼとぼと歩いていると、気付けばソード宅の前だった。
相も変わりなく、身分から想像できる以上に巨大な邸宅である。しかも彼が規格外の巨体を持つので、一般の邸宅と比べて、何もかもが大きめに造られていた。
掃除とか大変だろうな、王都って一等地だから高いだろうし、そもそも何坪くらいあんだろ。
呼び鈴を鳴らして数秒、そんな思いをめぐらせていると、外開きの扉が動いた。細い眼鏡をかけた、優しげな面立ちが顔を出す。ソードの妻であるセレスだ。
「いらっしゃいライルさん。待っていましたよ」
「はあ、お邪魔します」

セレスのあとについて廊下を進む。この間来たときは見かけなかった絵画が、壁にかかっていた。
絵のことはよくわからないが、恐らく値が張るだろうことは、ライルにもわかる。
「あの人ね」
「は、はい?」
「あんまり面には出していないけど、あなたの軍への就職をとても喜んでいたわ。お祝いだ、食事も豪勢に、って。
食べていかれるかしら。そのつもりで作ったのだけど」
ちらりと脳裏に、今朝大鍋にあけたビーフシチューの存在がよぎる。
だが、気温もそんなに高くはないし、腐りはすまい、と、ありがたくお言葉に甘えることに決めた。
食堂を通り過ぎるとき、なんとも美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、ますます楽しみになっていく。

「あなた」
ドアを二度ノックし、セレスは中の夫へ呼びかける。
「ライルさんが来られましたよ」
しばらくすると、入ってくれ、とソードの返事があった。
中へ入る。綺麗な書斎だ。ライルが三日かかっても読みきれないような難解な書物がごまんと棚に並ぶ。
かと思えば、巨大なトレーニング器具が置かれていたりする。トレーニング器具の上で、寝そべっていたペットの雌猫がニャアと泣いた。
「じゃあ、用事が済んだら食卓にいらしてね」

作品名:D.o.A. ep.1~7 作家名:har