D.o.A. ep.1~7
城下町、中央広場。
大時計を見上げると、約束の時間である9時までには、二十分ほど余裕があったが、その下には既に親しんだ姿があった。
「ソード!」
恐らくどんな人混みの中であろうと、一瞬で見つけられるような大男が、手を振ってくる。
武成王といえば、王国軍の最高権力者だ。
何の臆面もなく彼を呼び捨てにし、駆け寄っていく少年は、多分に人々の奇異の目をひきつけていた。
「よう、さすがに早めに来たな、はっはっは」
「俺、滅多に遅刻したことないぞ」
むくれると、豪快に笑っていた彼が、無骨な大きい手でライルの頭をかき回す。
「集合時間より常に早めの到着を心がけるように、ギリギリはマイナス評価だぞ」
「わかってるっつの」
「違う違う。今日からはイエス・サー」
「イエス・サー!…なんか、テレるな」
「すぐ慣れるさ。さてと」
周囲を見回し、ソードは太い腕を組んだ。
「まだちっとばかり時間はあるが、待ってる意味もないしな。軍の本部行くか」
「今更紹介しなくても、みんな知ってるけど」
「こういうのは、ケジメが大事なんだよ。挨拶も基本だ」
「ふうん」
なんとなく気のない返事に、喜びが醒めてしまったのだろうか、とソードは訝る。
「別に、そんなこと、ないけど」
てくてく足を進めながら、不貞腐れたような横顔が否定して、続ける。
「喜んでくれると思ってた人が、反対してきた」
「そうか…まあ、お前の手が血に染まることを思ったら、嫌がる人間もいるだろうな」
「なんか、コックになれとか言われたよ」
「ハハ。それいいかもなあ。お前の腕はセレスが太鼓判押してるから」
「笑うなよ。結構ショック受けたんだぞ…ッと、わ!」
口をへの字に曲げ下を向いて歩いていると、前からきた誰かにぶつかった。
「前を見て歩け」
ぶつかった人物の顔を見る前に、鋭さを含んだ声が降ってくる。
それはそっちにも言えることだろうと、文句を言うべく口を開きかけるライルだったが。
「武成王」
薄水色の短髪、瞳孔がやけに細い鈍い銀の双眸の青年だった。
すっと鼻筋の通った、文句のつけようのないほどの色男ぶりだったが、厳しげな顔つきが、軟派な印象を抱かせない。
背丈は、ライルの頭一つ分は高く、正しく伸びた背には弓矢がある。
だが、何よりライルの目を引いたのは彼の、耳。明らかにヒトのものではない長さ。
「あんたを探してた」
前を見て歩け、そう言ったきり、ライルへの関心を無くしたらしい彼は、ソードに目を向けた。
武成王をつかまえて「あんた」とは、彼もなかなか礼儀知らずである、と、自分を棚に上げてライルは思う。
「これ」
左手にあったのは何の飾り気もない、大き目の茶封筒。不躾に突き出す。
「この時間帯に提出しろ、そう言ったのはあんただ。それなのに、何でいない?」
「悪かったよ。今日から入る新米を迎えにな」
ソードの手が茶封筒を受け取り、それでライルの背を軽く叩いて示す。鋭い銀の目が、改めてライルを視界にとらえた。
「……フン」
そして、すぐ興味を失ったらしく、視線を外される。
「じゃあ、用は済んだから。次はあまりつまらない仕事を押し付けてくれるなよ」
「除名されないだけありがたいと思えっての、幽霊弓兵め」
通り過ぎていく青年に悪態を吐くと、茶封筒を開き、中身を確かめ始めた。
ひとしきり、うんうんと頷いて、書類をもとにしまう。
「…なあ、さっきの、エルフ?」
「ああ。幽霊的ということが実に遺憾ながら、我が王国軍弓兵のエースだ」
「ふうん」
エルフ族を目にするのは珍しい。あまり他人と馴れ合うのを好まないと聞いているので、軍隊などに所属していることが、少し、不思議だった。
さりとて、彼にそこまで興味を持ったわけでもなく、幽霊的ならばなおさら、関わりも薄かろう。
ライルは名前を訊く必要も感じず、それ以上の言及をやめたのだった。
作品名:D.o.A. ep.1~7 作家名:har