D.o.A. ep.1~7
鍋を手に教会へ。
途中ですれ違ったご近所さんとほどほどに挨拶をすると、今日大事な用事があるんだってね、と何人かに訊かれた。
さすが小村、噂のまわりの早さだけはすさまじい。平穏すぎるため、というせいもある。よいことである。
そんなこんなでたどりついたが、教会の前にリノンの姿はない。
ここにいないとなると。
ライルは勝手知ったるふうに、裏へと回り込む。予想通り、彼女はそこにいた。
声をかけようと口を開きかけるが、目を閉じて精神統一を行っていることに気付く。
しばらく会っていなかったためにうっかり忘れていたが、武術の型をとり行った後、こうして心を落ち着けるのが彼女の朝の日課だった。
鳥のさえずり、木々の葉が風の揺れる音だけがある空間の中で、彼は日課の終わりを待つ。
そんな時間が2,3分ほど続き、リノンは静かにまぶたを上げた。
ライルには気付いていたようで、さほど驚いた様子もなく、目を細める。
「やあ、おはよう」
「おはよ、ライ」
微笑み、挨拶を交し合う。
ふと、リノンは彼の両手にある鍋に目をとめる。
「そのお鍋、昨日持ってったやつ?中身入ってるみたいだけど」
「あ、うん。中身は俺の朝食に作ったやつ。まあ、お返し」
「そう、いただくわ、ありがと」
受け取ると、蓋を開けてみる。まだ微かに湯気が立ち上っていた。
「んー、いい匂いっ。 …ところであんた、用事があるって言ってたわね」
「うん、9時に王都に着いてないと。だからそろそろ出かけるよ」
「私も一緒に行っていい?」
「なんで?なんか用事?」
「マリーさんのお見舞いの品を、さ」
マリーさんとは教会の常連さんの一人の若奥様だ。妊娠してからは毎日のように姿を見せている。
昨日、屋根の修理を引き受けた男の妻である。歳は十ほど離れている、幼馴染みの夫婦だと聞いていた。
「今日は教会、休みだし」
「朝飯食べてたら間に合わないぞ」
「いーのいーの。あっちに着いたら適当に食べるから。…じゃ、すぐ支度してくるから、待っててよ!」
そう、彼女は裏口の中へ消えてゆく。
教会の奥にある生活スペースは、少し離れた自宅から通いで勤めていた前の管理人が、リノンのために増築した。
彼女は捨て子である。物心着く前にこの村に置き去りにされて、憐れんだ教会の前代管理人が引き取ったのだ。
いわば彼女にとって、教会は遺産だった。よって、家事が不得手な彼女だが、教会の中はいつも綺麗にされている。
特に、安置されている十体の石像と、ステンドグラスを磨くことには余念がない。
ロノアにはここを含めて二ケ所しか教会がないので、結婚式、葬式、お祈り、怪我の治療などなど、彼女も毎日なかなか忙しい。
加えて近年は寄付金が減りつつあり、維持費にも頭を悩ませねばならなくなって、苦肉の策で子供の命名なども引き受けている。料理と違い、こちらはなかなか好評のようだ。
半ば守銭奴と化しつつあるけれど、これからはもう少し楽な生活をさせてやるつもりである。
そう、今日から、ライルは。
段差に腰かけて待っていると、扉が開いて、支度を済ませたリノンが出てくる。
「さ、行きましょ!」
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作品名:D.o.A. ep.1~7 作家名:har