D.o.A. ep.1~7
冷たい手が頬に触れた気がして、ぱちりと覚醒する。
そして、そのまま数秒ほど天井を見つめて、がばっと、起き上がった。
「…最近、ヤな夢ばっかり見るなぁ」
ぼやいて、窓へ目をやる。カーテンの隙間から見える空が白んできている。
この窓から、10年前のあの日、月が見えて、その月光が野盗の持つ刃を光らせていたのだった。
「……」
―――忘れたい記憶である。そして、忘れようとすれば、かえって鮮明になる。
「…もう夜明けか」
白んできているということは、次の日になっているということだ。
今日は、大事な日であると、昨日の昼、リノンに語っていたのだった。
まあ、あえて秘密にするほどのことではないのかもしれないが、きっとリノンや、村の人々は喜んでくれるだろう。
約束の時間は9時。時計を見れば、5時半過ぎだ。少し早い。が、二度寝は厳しそうだ。
身支度を整え、立てかけておいたつるぎを手に、階段を下りる。
愛用のつるぎはソードに貰ったお古だ。木刀から本物の斬れる武器を受け取ったとき、嬉しくて、一日中皆に自慢して回ったのを思い出す。
お世辞にも上等な一品とはいえなかったし、使ったら刃毀れするものなのだと知ってからは、鞘に入れたまま、もっぱら、殴るためだけに使っていた。
が、今日限りこれがお役御免になると思うと、なんだか少しばかり寂しくなる。
しかし取り上げられるわけではないから、家宝として大事にしまっておくとしよう。
「さて、と」
一階に降りれば、テーブルの上に置かれたリノンの作品が、どっしりと存在を主張しており、イヤでも目に付いて、溜息を吐く。
自炊には結構、自信がある。
ソードのもとで暮らしていた頃、彼の奥さんであるセレスの手解きを受けた腕は、一人で暮らすようになってから遺憾なく発揮されている。
が、その腕を以ってしても、あのシロモノをまともな料理に生まれ変わらせるのは少しばかり骨が折れそうだ。
調味料の残りが、これに立ち向かうためには、あまりにも頼りない量しか残されていない。
恐らく薄めれば食べることは可能になるだろうが、ライルだってどうせなら美味しいものが食べたかった。
帰りにいろいろ買ってこよう、そう思いながら、とにかく家で一番大きな鍋を取り出す。件のビーフシチューの四、五倍はあろう、巨大なものだ。
その鍋へ、それを移しかえると、リノンが持ってきた方の鍋を洗う。
裏口の隅のカゴから、適当な野菜を取ってきて、リノンの鍋で調理を始める。
出来上がったものは、自分の食べる分だけ皿に移し、残りはビーフシチューの礼と、こういう味付けをしてくれという無言の希望をこめて、リノンに返すことにした。
あんな腕前で自炊しているなら、いつか病気になるのではないかと、ライルは彼女の健康を常日頃心配していたものだ。
しかしそれは杞憂で、教会の参拝のついでに、近所の奥さんやおばあちゃんが気を利かせて、作りすぎたと言いながら、いろいろと持ってきてくれるらしい。
持つべきは親切なご近所さんだよな、と他人事ながら、彼は感謝せずにはいられないのだった。
煮物と買い置きのパンで腹を満たして、片付けを済ませると、することがなくなった。時計はまだ6時過ぎを指している。
椅子にかけて物思いにふける。
今日の夢は、過去何度か見ている。そして夢の中の自分の反応も、何度目であろうと寸分違わなかった。
毎日続いているわけではないが、ここまで幾度も見ると気味が悪い。
芋虫のように苦しむ、あの夜の暴漢どもの姿こそが、自分の望みであるのか。
違う、とは言い切れない。言い切れないが、憎らしさのあまり殺す価値もないと思い始めている。第一、彼らはどれほど憎もうとも、この世にいないのだ。
死者を憎み続けるなんてあまりにも馬鹿馬鹿しい。そんなことより、この力は、リノンや村のみんなを守るために使いたいと願っている。
「そう言えば…俺、なんで助かったんだろ」
そんな疑問を浮かべる頃には、時刻は7時前になっていた。
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作品名:D.o.A. ep.1~7 作家名:har